つれづれなるままに...
by mahsa
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表情が変わる町を楽しむ
新橋、神田はサラリーマンの町。という印象がある。とくに新橋は私にとっても道も複雑で、ちょっとわかりづらく、また平日は喧噪の町、という感じであまり得意ではなかった。しかし、たとえば「ポンヌフ」というまさに、新橋というフランス語の名前の喫茶店の看板を見たり、かの有名なレーズンウィッチのお店が入っているビルなどは興味津々。でも平日は混雑してそうでそのビルにわざわざ足を踏み入れようとも思わなかった。でも、いつか行ってみようかなと何年も思っていた。
雨降る土曜、歩く人も車も少ない昼。その近くを通る。雨に濡れた洋服や靴を少し乾かしたかったのもあり、そのビルに迷いもなく入る。そして念願の老舗洋菓子屋のカフェに入る。窓際の席が空くのを待つ。ガラス越しに雨の中走る車を見ながら、年季の入ったパティシエに見える紳士が丁寧に入れてくれるカプチーノを飲みながら、ああ、東京という町は、新橋という町は、日により、天気によりこんなにも表情を変えるものかと静かな感動にひたってみる。店の前には、ちょっと高級そうな靴磨きの店もあり、平日はどっかの企業の部長さんあたりが、靴を磨いてから、ここで一服・・であろうか。
このビルの地下には、たくさんの飲み屋が入っており、驚いた。そして土曜営業しているラーメン屋も洋食屋も値段も昭和のまんま、そしてお店の人も高齢化・・・おじいさん、おばあさんが店番をしていていたのも驚きであった。新橋駅地下は昭和の顔と現在が混在している。街は変わる。1日の中でも、1週間の中でも、時代の中でも・・・。その変化をたくさん体感できるのが東京という都会なのかもしれない。それにしても、あのカフェ。それにしても空いている時間帯は最高だ。シャガールの絵、店主の写真が入ったフレーム。ディスプレイひとつひとつにも永遠のこだわりを感じさせる。
表情が豊かなのはいい。人も、町も。

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by mahsa1203 | 2014-06-30 04:45 | words
切り替えて、感謝、再スタート
今回のワールドカップは日本にとっては残念だったけれど、それも実力であるし、努力しての結果であるし、次に生かせばよいではないか。そりゃ、監督も選手も悔しくて、悔しくて・・・本当であれば、笑顔で手をふり、「おめでとう」と言って帰ってきたかっただろう。それもよくわかる。それだけに空港に大勢のファンが迎えにきていてくれても・・・複雑な思いであったこともわかる。
でも、サポーターもみんな、負けたことはもうわかっているし、選手の気持ちも理解したうえで、残念だったとわかったうえで、「お疲れさま~」の気持ちも込め、空港に駆けつけてくれているのだから、無表情だったり、いつまでもその悔しさ・・の表情ではいかがなものか。
「勝てずにすみません」とはいう必要はないけれど、せめて「応援ありがとうございました」とはいえるはず。
飛行機に乗っている約1日の工程で、切り替えることはできなかったのかな?
そんな表情の暗さが、一番残念だ。
一生懸命やったなら、いいじゃない。反省点も次に生かせばいいじゃない。
素早い切り替え、感謝、再スタート。それができなければ、強くなれないじゃないかな。・・・と、帰国した選手たちの重い表情を観て、試合に負けたこと以上の残念さを感じた・・・。
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by mahsa1203 | 2014-06-29 05:00 | words
どこまで寄り添えるか、で本気がわかる
国際結婚をして、癌でなくなった奥さんの闘病中にとことん尽くして、ご本人が亡くなってしまったあとも自分の国に帰らず、その奥さんの両親と同居しているという男性のことを知り、そんな人も世の中にいるのかと心が震えた。奥さんの抗がん剤治療で苦しんでいるとき、髪の毛が抜けていくのがかわいそうだからと、その男性も一緒に頭を剃ったという。「ひとりだと恥ずかしいけど、二人で恥ずかしいなら大丈夫」そのことを彼女はのちに迎えた結婚式の日に泣きながら感謝していた場面にも深く心打たれた。
今はもう彼女が亡くなってしまったけれど、彼のなかには、ずっと生き続けているのだろう。愛は国をも越え、また時間も、いのちをも越えるのだろう。素晴らしい。
最近、公私ともによく思う。どこまで向かい合っている相手に寄り添えるか。相手のことを思えば思うほど、真剣に向かい合い、とことん話し合い、わかりあう。ぶつかりあうのも良い。
本気の人生、本気の仕事、本気の愛、本気の・・・。人生は時間があんまりないから、と思えば思うほど本気になれるのかもしれない。
いやー、本当に素晴らしいカップルの話だ。形は違えど・・・を目指したい。
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by mahsa1203 | 2014-06-28 04:54 | words
締めが大切!
ある日をもって定年を迎える。サラリーマンにはそういう日が来る。そういう意味では、毎日誰かがどこかで誰かの定年日、会社卒業の節目を祝っているのかもしれない。誕生日に定年になる人、会社の決めた日で終わる人いろいろ・・。
お世話になったある方の節目の日がやってきた。生涯現役、働きつづけねばならないわが身にとってはその節目の意味、大きさの受け止め方は多少違うかもしれないが、その方にとってみれば、一世一代の記念日。10年以上もお世話になってきたから・・・気持ちばかりの感謝と、お疲れ様でしたの一言は伝えるべき・・と思っていた。
そこであるレストランで会食があり、そこで社内でのセレモニーがあると聞いていたので、その店に別の予約をとり、食事をしながらその会食が終わるのを待っていた。店に入って3時間ぐらい待機していただろうか。もちろんその時間もぬかりなく、知り合いを久しぶりに食事でもと誘って、道連れになってもらい、情報交換をしながらいいタイミングを待つ。やがて、そのお目当ての方たちの会食が終わり、店を出ようと席を離れたときに、いざ!その方に近づいて行って声をかける。「今日で最終日でしたよね。大変お疲れ様でした」と、ミニブーケ(ずっと元気で!の気持ちを込めて、ひまわりのブーケ)とささやかな記念品を渡す。「へ?わざわざ来てくれていたの?」なんで、おまえが今ここにいるの?という顔でその方は驚く。その瞬間がちょっと心地いい。「いえ、出張が多くてなかなか会えないので今日ならと思って、伺いました」と笑顔でいいその方の勤続に表し、笑顔で握手を交わす。これでいい。私なりのお礼、感謝のしるし、ご挨拶。
翌朝、その方より、さしあげたお花と記念品のショット画像が添付されたメールが届く。奥様に撮ってもらったんだろうか?「昨日はサプライズをありがとうございました。その優しさに感謝です」とあった。いろんな思いの退職後の朝であろう。気持ちよくネクストステージに向かわれて、良かったよかった。いろんなことがあっても、締めを大切にするのが気持ちいい。
喜ばれてなんぼ、よかったねと言い合えるのがいい人生だ。肩の荷がおりた・・とも書いてあった。もうあまり肩が凝りませんように。もしかしたら、定年とは「肩こりよ、さようなら」の節目でもあるかもしれない。
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by mahsa1203 | 2014-06-27 04:15 | words
人柄と誠実と愛と感動~広報にも必要な要素
とある株主総会に参加する。もう何年も足を運んでいるが、なぜか毎回感動して涙が出てしまう不思議な総会だ。他にはあんな総会はないと思っている。人間貢献・社会貢献を経営理念としているこの会社、まさにやっていることのすべてに、すみずみにその考えが浸透している。かかわる人をみんな幸せにしようとがんばっているのが言葉だけでなく、行動からも伝わってくる。そしてこの株主総会は、上場企業にとってもっとも大切なステイクホルダーとの貴重な生交流の場。実に丁寧に誠意をもって応対しているのがよくわかる。株主といっても、本当にさまざまで質問をしようと手を挙げているがいったい何がいいたいのだろう?それは質問じゃなくて・・・、ここで言わなくてもいいような?など不思議な発言も時々あるけれど、それに対しあたたかく受け止め、真面目に答える。もちろんどこの総会もそうかもしれないが、社長ひとりがやるのではなく、他の取締役や執行役員を指名し、補足があれば社長が補う。組織を挙げて、みんなで理解していただけるようにがんばっている様子もほほえましい。投資目的らしき株主よりも一生懸命応援したい熱心な株主が多く、大きなタウンミーティングのようにもなっている。
会の最後に、ある映像が流れる。お客様の1通の手紙がショートムービーになったもの。その会社のお店の応対への感謝の1通の手紙がそのドラマになった。それを観て、会場のあちらこちらからすすり泣きの声が漏れる。私も・・・でも、音を出すまいとこらえていた。実話から生まれたその動画を観て、おそらくどの株主も、ああ、ここはいい会社だと自然に思ったと確信した。ムービーが終わって会場から拍手。会を締めくくろうとした社長が泣いていた。「すみません、これを観ると何度も泣いてしまうんです・・・。すみません。こういう会社です。」ここで、総会の幕が下りた。
繕わない、自然で、愚直で、まっすぐで・・・。今回の株主総会はまたそれが伝わった。そこの会社に関われてうれしいと思う、誇りに思える・・そう、かかわる人に思ってもらえれば、会社はおのずと社会に知られるようになる。やらせ、嘘のない行動が一番伝わる。技術や小手先の器用さよりも、人柄、誠実、愛と感動が人を動かす。これは企業の広報に、そしてそれを含めた経営に不可欠な要素であると再認識した。
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by mahsa1203 | 2014-06-26 05:03 | words
毎朝6時の生存確認。
遠く離れる親を見守る、遠隔操作可能な商品やサービスがたくさん世には出ているようで、ますますその需要は高まる。でも、何か親を監視するようなしくみ。。。にはちょっと違和感もある。親ってそういう存在か?と思ってしまう。
かといって、離れたまま見守るのは難しい・・。やっぱりいざとなったら帰る、近くにいることが必要だと痛感する。
今は親がおかげさまで元気。でもやはり病気をするといつまでも元気とは限らないと思い、以前より気にかけるようになる。母が1か月前入院、手術してから毎朝6時前後に生存確認?を兼ねてショートメールをするようになった。それを今も続けている。こちらからメールする、するとすぐに返信が来る。「メール、返事面倒くさいでもういいわ~」と一度言われたけれども、こちらは目ざまし時計代わりに、「おはようございます」のメールを毎朝入れることをまだ続けるつもりだ。この母への「おはようメール」は、このブログエッセイに続く朝の習慣のひとつになりつつある。毎日返信がある・・・母は変わった。一言だけのときも、簡単な近況が入ることも。
そして、今回はびっくり。なんとまあ母から「おはよう。たまにはこっちから」といつもの時間に先に来たのである。こちらが書いていたら送られてきた。びっくり。いつの間にか彼女にも朝の習慣になったのかな。お互いに気にかけるというのが大切だ。
なるべく人任せにせず、自分でできる限り、自分がかかわって、親のことをサポートしたい。何かあっても将来、施設に入ってもらうお金もないけれど、それ以上に外部にお任せしないで、自分たちでできる限りをしたい、しなければと思う。今は、せっせと生存確認。元気だからありがたい。いつまでも、いつまでも。
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by mahsa1203 | 2014-06-25 00:29 | words
本気には本気でつきあう。
母の手術のあの日は、地方で仕事、企業さんの相談会があった。腹をくくってのわが職業、行かねばならない。どんな事態でも本気でかかろうと思っていたせいか、普段以上に仕事に集中した。少しでも気を抜くと仕事にならなくなるような気がしたから・・。そのときおいでいただいた企業さんにいつも以上に一生懸命集中して対応した。そして後日、2回目の面談をしたとき、約束した課題をやってこられなかった。悩んで形にできなかった、だから来づらかったとのことだった。「やるかやらないかは私には決められませんけれど、やろうと決めた以上はやりきって答えを出さないと自分が納得できないんじゃないですか?せっかく時間使ってここにきているのですから・・・ちゃんとやられるならば、こちらもがんばって時間作りますから、悔いないようにやりませんか?」それをきいてかその企業さん、「わかりました。ちゃんとやってきます。ふっきれました。」こちらがいいかげんな気持ちでアドバイスしているのではないということが伝わったようだった。
・・・そして再びの宿題。今度は約束した締め切り前までにちゃんと提出され、3回目の面談にはしっかり商品づくりも進めて登場された。前回お会いしたときよりも、ずいぶん晴れやかな顔つきだ。
「やる気が伝わってきましたよ」というと、「本気でつきあってくださっているのがよくわかりました。だからやろうと思いました。」そう、本気の人にはこちらも本気で寄り添う。困っているならばどこまでも一緒に考える。
本気かどうかで、すべてが決まる。また近いうちに彼らの成長の証しをみることが楽しみ。
新しい挑戦は怖い不安だ。よくわかる。では、まず近いところに目標を決めればいい。そこでダメだとわかればやめることもできる。何もせずずるずる後退していくのは、自分が一番嫌なはず。
本気には本気でつきあう。それだけのこと。
そう、この仕事はどんなときも、本気で相手に向かい、寄り添う。本気と本気がぶつかれば、すごいパワーになる。私の仕事は、ときに相手の行動に火をつける存在でありたい。
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by mahsa1203 | 2014-06-24 04:07 | words
そこで、泣いたらあかん!
議会で女性議員の発言中に、心ないやじを飛ばしたおっさん議員がいたことが、その後、問題になっている。
やじ・・・とは、議会にはつきもの?拍手や同意などは良いと思うし、その発言自体へのコメント・・は良いとしてもただ、やじるというスタイルはあまり感心できず、しかもその女性個人に向けた一種の差別的な言葉・・。暴力としかいえないし、セクハラであり、こういう言葉を発する議員がその仕事をしていること自体、大いに問題だ。
議会の様子と女性議員のその後を見ながら、自分にも似たようなことがあったことをふと思い出した。もちろん議会でもないし、あのような内容でもなかったが・・・。
自分がある行政の職員研修を担当したときのこと。70名ほどの職員さんが集まっておられたが、私がある男性職員に質問を投げかけたら、その人はまったく関係ないことを言った。「先生は、どこかの国会議員の話し方にそっくりやな」その国会議員とは地元でも日本中でも何かと話題になる女性議員のことで、その人に風貌?話し方なり声が似ているという意味だったのかしらないが、あまりいい意味での言い方でなく、そして周囲の男性職員たちが失笑するようなことがあり、瞬間、言葉を失った。なんだかあまりいい気ではなかったけれど、「まあ、それはそれは 光栄でございます。それで、今おききしたことについてはいかがですか?」とやり返した。しかしずっと講義中、そうやって人のことを見ていたり、話をきいていなかったりする残念な人もいるのかと思ったのと、あとでその研修担当者にも報告したら、担当者も心無い言葉を発した職員に憤慨されていた。
まだまだある、北京に出張したとき大手企業の現地役員との会食場面で、心ない汚い差別的なことを言われたこともあった・・。でも、そういうときも、相手を軽蔑しながら、笑ってかわし、その時間が過ぎ去るのを待ち、そのあと反撃に出た。
今回の女性議員も気の毒であったし、気持ちはわかるけれども、公衆の場で泣いてはいけない。カメラが入っている。みんな、見ている。そういう仕事場だ。
もっと図太くなって、ヤジが飛んできたら、「今、ありがたいお言葉を投げてくださった方はどちらさんですか?」ぐらい、嫌味を込めて、言葉を返してやればいい。
その場で、やり込めないといけない。
今回の彼女らの行動も理解できるけれども、もっともっと図太くなって、言われない人になる、言わせない人になる、徹底的に軽蔑しながら笑いをとるぐらいの、ウィットにとんだコミュニケーション力もぜひ持っていただきたい。
私は雇用機会均等法初年度の入社生であったせいか、ずっと絶対に男に負けるかという気持ちがあった。男性に理解できないことで誤解を受けないようにと思った。生理で休まない、泣かない、「できません」と言わない・・・そんなことをずっと思いながら働いてきた。
悔し涙こそ、ひとりのとき、本当に信頼している人の前だけに。そんな思いを抱きながら、日本の女性たちの真なる力の発揮を願っている。
それにしても、品のないおっさん。やじだから言えるというのも とほほ・・である。
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by mahsa1203 | 2014-06-23 04:26 | words
音なし世界で見えること
ワールドカップの試合。自宅で観るのではなく、わざわざ外でサポーター同士応援するという、応援することがお祭りという、こういうイベントもたまにはいい。なんだか日本中がふわふわっと、している。
日曜の試合のときのわが家のこと。試合の時間、別にサッカーは観たくない、いつも聴いているラジオ番組を聴きたいという家人の選択で、テレビで映像だけサッカー、ラジオは別の番組(いわゆる裏番組)を・・・ということになってしまい、私は文句をいいながら、しばらく音なしのサッカーをながめていた。音がないと、何も迫力が伝わってこない一方、音がない分、俯瞰して会場全体の動きがよく見えてくるのだ。ああ、これは日本負けそうだな。流れが悪い・・・いや、そうでもないぞ。余計な実況解説も歓声もないと、シンプルに試合そのものが見えてくるのだ。オレンジ色と青色が競技場内でちょこちょこ動く様子がよく見え、面白いのだ。しかし、そのうち飽き足りず、やっぱりラジオはやめてサッカーだけを観ようとなり、やっと音付き動画を観ることができたが・・。
一方、ある番組で、聾学校の先生が、元教え子たちの現在の暮らしぶりを写真に撮りたいということで全国を周っておられ、新宿で写真展を開いておられるということを知った。
その写真のなかの1、2枚。それだけを観ると、そこに写っている人は、幸せそうに笑っている。でも、実はその人は耳が聴こえない。先生曰く、以前はつらそうな顔だった、でもその後の家族との出会い、いろんな愛、経験を経て、その人たちは耳は聴こえなくても、だんだんいい表情になっているんですよ。とおっしゃる。5年ごとに教え子をたずね、その成長ぶりを録られているという。5年後も撮るのが楽しみという話が心にしみる。その写真に写っていた教え子の一人。すでに中学生の母。娘の希望でピアノを習わせた。パートで得たお金を払ってレッスンに通わせた。その発表会のときの写真。娘がピアノを弾いてるが、母にはピアノの音は聴こえない。でも、その母は「音は聴こえないけれど、嬉しそうに弾いているのを観るだけで伝わってくる」と笑顔で答えておられ、この言葉に深く感動。
ベートーベンも晩年はそうだったが、耳が聴こえないこと。音なし世界で生きること。すべての情報が五感から入ってくることはうれしいし、ありがたく、幸せであるが、時には、それがない世界を体験するといろんなことが見えてくる。
音を消す、目を閉じる・・・。ときには 自分が本来もつ、ひとつひとつの感性をみつめるのに、いい機会だ。なんでも当たり前・・と思わないで感謝することが、大切だ。
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by mahsa1203 | 2014-06-22 06:08 | words
クロス観察力を養うチャンスに
毎朝、ワールドニュースを横目に、仕事をスタートするのが習慣。イラク、ウクライナ・・・ため息がでるほどおぞましい状況だ。血を流し道路に伏している戦士、大量に殺され土壌に埋められていく様子・・・。チャンネルを変えるとサッカーで盛り上がる世界が現れる。血を流す戦闘とはかけ離れた平和の戦い。世界で今、サッカー命の人もいれば、それどころでない人たちがたくさんいる。ボールを追いかけ一喜一憂する人々と、命を懸けた、私には少し理解できない名誉をかけた勝ち負けに挑む人々、また食べるものがなく貧困にあえぐ人、竜巻に家もすべて奪われ呆然としている人・・・。同時にいろんな世界を観ていると、複雑な気持ちになる。スポーツに熱中できるのは、平和の証し。銃ではなくボールを。まさに、そんな気持ちになるし、同時にいろんなことを関連づけて見聞きすることで、つながりや世の中の成り立ちを考えることは大切だと思う。世の中はそんなに単純ではない。これしかない、これしか起きていないということはない。自分の目の前だけがすべての世界ではない。世界には同時にいろんなことが起きているということを知るということ、また、二つ以上の事象を関連付けてみることは、とても大切だ。
いずれにしても、日本は総体的に平和で幸せな方であろう。イラクでの殺戮・・・そのうち日本にも少なからず影響が出るだろう。決して無関係ではないのだ。ある日突然その影響に驚かないように、常にいろんなことをクロスしながら、賢く無事に生きていく術を身に付ける必要がある。と、なぜかワールドカップ&ワールドニュースを交互に観ながら思う。これこそ、クロス発想?を養ういい機会かもしれない。また、ワールドカップに出場する各国のそれぞれのお国事情、歴史を理解しながら観戦すると、新たな世界観が生まれるかもしれない。そんな目からワールドカップを追いかけるのは興味深い。
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by mahsa1203 | 2014-06-21 01:10 | words


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