つれづれなるままに...
by mahsa
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「戻る」ことは絶対ない
毎朝起床に不可欠な一口サイズのアイスクリーム、冷えたフルーツ。冷凍・冷凍庫があるおかげの朝時間。ふと、寝ぼけ眼で冷蔵庫の扉を開け、これがなかった生活はもう考えられないな~と改めて思う。
そう、夏のエアコンも同じこと。もう、エアコンなしの生活は絶対に無理になってしまった。
ない時代もあった。そんな時代も人々は元気に生きていた。
でも、ひとたび、モノがある生活に浸ってしまうと、ない時代の暮らしに戻ることは難しい。
物資の問題だけでない。人生においてもしかり。
人との出会い、新たな経験。出会ってしまったら、一度知ってしまったら、もう知らないあの頃には、戻れないのだ。
そんなことも考えず、ただ生きているが、「戻れない」という現実は、重く、悲しくもある。
だからこそ、知らなかった方が良かった、出会わない方が良かった・・・と、ならないようにすべてを無駄にしないように、瞬間瞬間進んでいくことしかない。
時計もデジタル表示になってから、時間間隔が変わってきているのかもしれない。
人生は時計回りに進むだけ、逆に戻ることは絶対ない。
ずっと何年も、人は1日24時間365日の中で生きているということ、いつ人生を終えるのか知ることができないという点において平等であると常に思ってきたが、「戻れない」という点においても平等だ。あとでドタバタしないように、戻れないこの瞬間を大切に。
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by mahsa1203 | 2013-09-30 03:31 | words
「切り売り」はしない
最近、スーパーの生鮮売り場でカット肉のパックを見ると、ふと自分に置き換えてしまうことがある。
自分はカットしたら、どうなるのかな?商品として意味があるのかな?と。
何か月か前、あるシンガーソングライターのマネージャーをしている方と、「最近、曲ってネットで切り売りするからジャケットが要らない傾向なんですよね。それって、とてもかなしいことなんですけどね」。そう、お客さんは好きな曲だけを有料ダウンロードする時代。
でも、私は、ずっと本づくりや出版という世界にも関わってきたせいか、自分の世界はまるごと伝えたいと思うし、そうあるべきだと考え、作品はひとつの出版物として完結した、ひとつの世界観をもって発信されるべきだという考えが根底にあるため、自作の曲をネットで切り売りしたいとは、今は考えない。伝えることの価値観の違いだろう。
とくにアルバムという形で作品をまとめたいならば、どんなコンセプトで、テーマで、モチーフで表現するべきかを考え、ジャケットも作品の一部として味わっていただき、自分の思いを視覚からも伝えたいのだ。
この絵柄だったら、コンセプトに合う、色は私のイメージと今回のテーマで、リードコピーは??ああでもないこうでもないと、ひとつのマイワールドを創り、発信するという作品づくりが、こういった編集という仕事が好きだ。ジャケットひとつで、悩み迷う愉しみ。アルバム完成までの生みの苦しみ。しかし自分が商品であり、黒子のすべてであるというやり甲斐。
切り売りはしない。「こんな存在です」と、自分をまるごとをより確かに、自分らしく伝えたい。
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by mahsa1203 | 2013-09-29 04:36 | words
「踏み台」に感謝をする
ある方と仕事について、家族について、男女について・・・いずれもある程度、経験を積み、酸いも甘いも・・・がわからないと理解できないような、大人の会話を楽しむ。
いろんな人に出会い、お世話になったり、おつきあいをしたり、ずっと続くこともあれば、途中で終わることもあり、また相手が亡くなるということも珍しくなくなってきて・・・。それでも自分はこうして生きているという、事実を受け止めるとき、いかにいろんな人に囲まれて生きてきたかということ。どんな関係であったとしても、今となれば、すべてありがたい出会いであり、経験。「思えば、いっぱい人を『踏み台』にして生きてきているんですね」という言葉が出た。そうか、『踏み台』というと、一見相手を踏みにじってとか、そんなイメージを抱きがちであるが、そうではなく、生きる足場であったり、世の中にリーチするためのステップだったのだとも思う。
その人がいてくれたから、その方との時間があったからこそ、今の自分があるのだから、どんな人も、だれかを『踏み台』にして生きている。親であることもあるだろうし、先生であることもあるだろう。
自分が一人でここに、こうして立っているわけではない。そのことに気づけば、その数々の踏み台になってくださった方に一生頭が上がらない。そして、自分もきっと誰かの「後で思い出される、いい踏み台」になっていればいい。
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by mahsa1203 | 2013-09-28 02:17 | words
ときには大きな、「タラ・レバ」
人間って、本当に単純な生き物だ。何か具体的な目標、夢が現れると俄然それに向かって動き出す。
もちろん、人から言われたことではなく、自分の内側からふっと湧いてくる夢。
久しぶりに「よし!それやってみよう」とひらめくことがあった。そして、ひらめいたとたん、自分の世界がそのことにより、変わるような気がした。そして、その発想がうれしくて笑ってしまった。
「タラ、レバ」とは、仮想の世界を表現するときに使う言葉。「そうなっタラいいな」「こうすレバどうかな」・・・
決して夢想家のたわごとではなく、想像力を生かし、前向きに生きるために必要な視点だと思う。
そしてときには、その「タラ・レバ」を、他の誰にも真似できないほどに思いっきり大きな夢に結んでみたい。
不思議なものだ。
人は「タラ・レバ」をたくさん描くと、それだけでもより、幸せになれるようだ。
よし、この秋は、「わたしのタラ・レバ」を実行する、実りの季節とすることにしよう。
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by mahsa1203 | 2013-09-27 05:12 | words
その広告要りません!
ネットでどこまでもパソコンユーザーを個別に追いかけてくるぶしつけな広告。お金さえ払えば、自分が伝えたい相手に堂々と情報発信できるのが広告の世界。最近のこの現象には本当に不可解な思いが募るが、それ以上に不快な広告群を発見。千葉のとある町。人口減少、高齢化が進んでいる点は他の地方都市にも同じような例はある。そこで、やたら目につく道路沿いに立つ葬儀場の広告。田舎であれば、土地もたくさんあり、先のメールに書いた、使えなくなった商業のハコモノが葬儀場として生まれ変わる・・・そんなケースも少なくなく、人口のわりに葬儀場の数が増加している。買い物の場であったハコモノは、葬送のハコモノに変身している・・・そんなことにも驚かなくなった。
そして、この葬送のハコモノが増えると、お客の奪い合い。葬祭関連の折り込みチラシも最近は都内でも珍しくなくなったが、その千葉の町K市では、駅の近くから、郊外に出るまで国道・県道沿いのいたるところに、葬儀屋の大きな広告が乱立している。資本力のある会社なのだろう、ある場所では500メートル間隔で10個以上、並んでいた。
しかも、某大物タレントがモデルになっての広告。「葬儀は家族の絆です」とか書いてある。
車でその町を走り、その広告をみつけるたびに、「ああまたあった」「もうやめてよ」とつい、ため息が出て、目を背けたくなる。。
葬儀とは、その昔、日常の暮らしのなかでは、口にすると「縁起でもない」と言って、触れないようにしていたものだ。それなのに、今は高齢化社会ということを理由にご親切に、さまざまな場面で、葬儀や死についてのプレ情報が過剰に出回っている。とくに、高齢者が多い田舎町の方が露骨だ。
もし、家族が病気で、余命が・・・という方が、運転しながらこの広告群をごらんになったとき、どんな思いにかられるだろう。もちろん、いざ!のときに役立つことは大切であるが、こういうことについての情報の発信は
ハレとケ、人間の生への尊厳と、死への畏れの両者を考えると、もっともっと控えめであるべきではないだろうかと思えてくる。今回2日の滞在中、あの広告を何十回も見させられたおかげで、目を閉じればそれが思い起こされるほどだ。サブリミナル効果・・。そこまでして、競争したいか。フューネラル産業がもっと地味であり、脚光を浴びなかった時代に戻ってほしいと思ってしまった。
死は生の延長ではないが、人にとっての死のあり方、死への向かい方・・・が何か狂ってきているように思うのは私だけだろうか。
その商品、サービスの広告は要りません。というモノ、コトが増えている。なのにその広告は増えている。
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by mahsa1203 | 2013-09-26 02:48 | words
いろんなハコモノの幸罪
房総へ久しぶりに出かける。日本の地方の多くの町で見られることが、こちらでもおこっている。
20年ほど前に大きなショッピングセンターができ、町の伝統的な商店街は、徐々に衰退・・・。訪れるたびに、シャッターを二度と上げることのないお店が増えている。
一方、それらの商店街に影響を与えたそのSCも、今や危機的状態だという。近隣にさらに巨大なスーパーセンターがOPENしているためだ。駐車場も、品ぞろえもビッグである。値段も安い。
明らかに、20年前にOPENしたSCに通っていた客たちは、新しい店に向かい、若い家族たちはそこに併設されたフードコートで食事をしている・・・という日本の地方都市でよく見る光景。一方、寂れたSCの方は、テナントの空きが目立ち、客層も高齢化、しかもまばら・・。
その町に行く途中、幕張を通ったが、日本有数の大きさを誇る新たなSCができるとのことで、連休も工事は続けられていた。また、新しいハコモノができるのだ。
ハコモノとは、行政が作る文化施設のようなものだけではなく、商業施設も同じく、ハコモノだ。
これができることにより、その町らしい個性ある商店は廃れ、大手企業が運営する店舗だけが拡大発展できるようになっている。しかし、そのハコモノもさらに大手同士で競い合い、市場を食い合う。
町に元気がなくなっていく。そんななかで、必死にがんばっている商店街の中の鶏屋さん、朽ち始めたSCの中でがんばっている地産のものだけを販売する八百屋さん、水だしコーヒーでがんばっている喫茶店・・・。
こういった店は大事にしなければ。
だから、また訪ねたときには、必ず寄るようにする。
1年後行ったときにも営業しているように、いや、半年に一度は見に行かなくちゃ。
と、そんな気持ちになる。消費の場を提供する、このハコモノ、本当に恐ろしい存在だ。ここは、日本なんだから、もうそろそろ巨大な国土をもつ、アメリカと違う形での顧客接点の場を創造していくべきでは?
寂しくなる商店街のなかで、孤軍奮闘するお店のおばさん・おじちゃん、がんばってください!また行きます!
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by mahsa1203 | 2013-09-25 03:53 | words
スマホとタブレットと背筋
訪問先によっては、今回はパソコンなしで行こう。と、そんな機会も増えてきた。あらかじめ仕込んでおけば、あとはネット上で、やりとり・やりくりができるため、簡単な作業、業務も可能なのだ。
最初は、スマホなんて・・と思っていたが、今回の作曲活動において、この薄い板は、私にいい仕事をさせてくれている。練習をどんどん録音しておき、再生しまくり、また録音して・・・。この道具があるなしでかなり仕事の進行が異なってくる。実際に演奏していない時間でも、イメージトレーニングもできる。この点はありがたい。
またこのブログ原稿もある程度仕込んでおき、あとは出先でアップデートも可能。
いやいや、便利である。
しかし、パソコンや実際にペンを動かして書くのと違うのは、スマホやタブレットと向き合うときは、だいたい下を見て、猫背であり、さらにときに目を細めるという点。
これでは、実は間違いに気が付きづらく、また、実は冷静にいいフィニッシュができていない・・・ことがある。
タブレットでアップした原稿をパソコン上で、改めて見直すと、誤字脱字がみつかる。ああ、いかん。と反省。
パソコンで原稿確認するときは、背筋が伸び、前を向くから、冷静かつ頭がクリアになっているのだ。
なるほど、タブレットやスマホはやっぱり、プロセス・中間を便利にする道具であるので、仕上げをこれに頼ってはいけない。
・・・と、この三連休の改めての反省と気づき。しかし、この薄い板。新聞記者やまさに情報を取り扱う仕事をしている人の中には、食事中もこの板を首から吊り下げている人も時折みつける。なくしたら大変であり、いつでも対応できるようにということだが、この方たちはこれに向かいあうとき、背筋が私より伸びている感じが??
いずれにせよ、仕事をするにあたり、この道具、使いようによっては、役立ち、ありがたい存在。しかし、これなしでもやっていける人でありたいし、背筋が曲がったりするのは、どうもスマートではないので気を付けよう。
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by mahsa1203 | 2013-09-24 05:01 | words
情報の奴隷になることなかれ
自分が発信した情報がきっかけとなり、いろんな影響が出てくる。それはどの媒体によって露出するかにより、その影響も変わってくる。ある企業の広報担当者が、あるメディアのネット配信サービスをつかったら、いとも簡単に、自社の情報が網の目を張り巡らすように、これまで予想しなかったメディアへも転送され、とても効果があったと喜んでいた。ワンクリックでいろんなところへ流れるというしくみである。
一方、紙媒体ではなく、ネットで配信したことにより、思ってもいない相手がそれを知り、思ってもいない形で・・・ということもあるようだ。ネットのこの拡散性は本当に恐ろしいものだ。前者のように一見良いような場合もあるが、大量に流れればよいという話ではなく、伝えたい相手にしっかり伝わっているかが大事なのに、質が量に置き換えられてしまっているのがネット時代の特徴のひとつである。
多くの情報がうごめきあって人を脅かす。人はそれに惑わされたり、一喜一憂したり、それがきっかけで人間関係がうまくいかなくなったり・・・。
人は、情報を自ら受発信しながら、結局、それに追われ悩まされるものだ。
情報の取り扱いは難しい。「情報を制するものはマーケットも制する」と、いつも言っているが、情報を制するなんて・・・・とてもじゃないが、容易じゃない。人は情報に助けられ、またそれで苦労もする。人間がつくったこのネット社会ではあるが、それに人間がこれに隷属しているような・・・気がしてならない。
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by mahsa1203 | 2013-09-23 05:28 | words
たまには、「人を待つ」のを楽しむ
時間を無駄にしたくないという貧乏根性か、また出張の多い暮らしで、常に何か月も先のことも計画しながら、目の前のこともやるという生活感覚になっているせいか、とにかく1日を有効に過ごさないといけないという思いが強い。
すべて計画通りに、計画通りに・・。時間の決まった移動をすることも多いせいか、とにかくいつも頭のなかがぐるぐるしている。そんな毎日を過ごしているが、ときどき、人と会う時間が先方からの突然の連絡で伸びて、1時間、2時間という時間が急にあくことがある。しかも普段あまり馴染みのない町や駅で不意にフリータイムができる。たまたまバソコンもタブレットも持っていない、本もなし、コーヒーも飲みたくない・・・。普段行かない駅の売店に行き、普段読まない夕刊や週刊誌を買い込み斜め読み、それでも時間が余るため、駅の周辺を歩くことにする。おお、ここは学生街か、だからこういう店が多いんだ、へえ、今どきの若者のファッションは・・・と観察していると意外と飽きることがない。意図していなかったマーケティングリサーチ。そして雑踏の週末を視覚でおいかけ、自作の曲をスマホで聴きながら、映画のような不思議な世界を味わう。それでも、あと何分、あと何分と人を待つというのはなんとも贅沢な暮らしのようにも思えてくる。そして、待ちつかれた頃、待ち人が現れる。本当にたまに、、で良い経験だが、ときは無我になる都会時間の過ごし方として、「人を待つ」というのも悪くない。
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by mahsa1203 | 2013-09-22 05:04 | words
もったいなくない人に
つきあう人のことをよく選ばなければ、人生の時間がもったいない。最近、周囲にそんな人も増えて、また自分もそう思うことが多い。たとえば、何かしてもその意味や気持ちがありがたみがわからない相手に何かをしても、あとで寂しい気持ちになったり、やったことを悔いたりすることもあるかもしれない。
時間を割くのに、何かを贈るのに、何か気にかけたり、言葉をかけたりすることが、自分の思いどおりちゃんと伝わる方が幸せである。
あの人といても、時間と心がもったいない・・・とならないように、自分自身がそうならないといけないと思うと、
背筋が伸び、また恐ろしくなる。人はよくモノのことを、「もったいない」というが、「あの人とつきあいと時間がもったいない」とは間違っても言われないように、自己価値を高めなければならない。そうなると、発信力・受信力・・・そして、なんといっても自分の資質を上げなければならない。あの人には、何をしてももったいなくない・・・と思える人とつきあいたい。
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by mahsa1203 | 2013-09-21 06:18 | words


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