つれづれなるままに...
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青空の下の肉体と精神と・・・
ローマ教皇がこの地から誕生したということについて、ブエノスアイレス市民は、アルゼンチン国民はどのように喜んでおられるのだろう。7月9日通りという独立を記念した市内最大の大通りがあるが、そこにローマ教皇の就任をお祝いする超大型囲いを発見し、「ああ、うれしいな」と思っていたすぐあとに、ブエノスアイレス最大の大聖堂と大統領総督府(バラ色の邸宅ということでピンクハウスと呼ばれているが)の周辺で、学生たちの大規模デモが決行されているのに遭遇する。日本のデモでは、私の時代では見たことがない、異臭も漂う、爆音が何度も聞こえてくるちょっと危険な行為である。そのデモが決行される5月通りにある店は、閉店したり、デモのせいで客足が鈍かったりして、外は仕事を求める若者、室内は仕事をしている高齢の大人たち・・・これも不思議な感じだとこの現象を他人事ではないとみつめつつ、非難のため入ったカフェを出て、教会に向かう。聖堂の中で静かにお祈りしている信者の声を、外のデモ隊の声がかき消して、祈りの声は聞こえない。その教会にはフランチェスコ教皇ゆかりの教会だ。祈りの声が表の若者たちの騒動に消されていいく様を見て、悲しくて思わず泣いた。バチカンにおられる教皇様は、さぞかし母国が心配であろう。神様は信じるけれど、食うに食えない。教会の外のホームレスの多さ、街のごみの多さ、ほったらかしになっている道路の工事。祈っても食えないなら・・・。日本では考えられない状況。先日はリスボンの街中で若者がデモをしていた。いかに生きていくか。日本も他人事ではない。「いい空気」の名前のごとく、晴れ渡る空に若者の怒りの声がこだまするのが、なんとも痛ましく思えた。こんなときも空は青く、高い。
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by mahsa1203 | 2013-05-31 02:31 | words
「ブスっ人(と)」注意報
わが身の造形的な美の追求については、生まれながらにあきらめてはいるが、人間の見た目はそれだけでないぞと思うことがある今日この頃。いわゆる「ブス」という言葉は、何語で本来どんな意味なんだろうか?「ブスっとしている」顔は、とても見苦しいので、そこから来ているのだろうか。造形的なハンディ?があっても、いわゆる美人系じゃなくても、人は表情や後天的な努力でかなり印象は変えられるはずと信じている。日本の航空会社はそのあたり、素晴らしい教育をしていると感心する。もちろん生来の美しさも暗黙の入社条件にはなっているだろうから、全体的な見た目のレベルは最初から高いが、さらに所作、表情でもってその美しさがより際立つように訓練されているのはお見事だ。時々、女性客からすれば、ちょっとそこまでは・・・と思うところもあるが、まあ、昔ながらのみんなの憧れの職業、サービス業としては必要条件なのであろう。
それに反して、アメリカの航空会社のCAの中には、いろいろ幅がありすぎて、驚くことがある。今回も、いたいた。あるアテンダント。金髪で大柄な女性だ。最初からずっと怒った顔。何かあったのかなと最初思ったが、ずっとそのままだ。通路を歩いているときから、人にかかわっていないときも、怖い顔である。声をかけたら、すぐ怒られそうな・・・。ドリンクオーダーを聞くときもぞんざいな物言い。日本語に言い直したら「はい次、飲み物は?」と、まあそんな感じだ。料理のとりわけなども、皿の上に料理をぽいっと投げる感じ・・・。もっと丁寧にやればいいのに・・。また追加ドリンクをオーダーしたら、違うものを勝手にグラスに入れてもってくる。これは違うので変えてほしいといったら、「希望のものは品薄で、だから違うものにしたわけ」という説明。じゃ、先に聞けよ。隣のお客さんもオーダーした料理が欠品していたことがあとで判明し、お詫びの言葉もなく、当たり前のようにビーフかチキンかと選ばせている。隣のお客さんはずっと「オー、マイゴッド」のご様子で気の毒になってくる。・・・。さすがにこれはいかん!と思って、日本人のクルーがいたので、「あの方の接客は良くないですよ。なんとかしてください」というと、「はい、わかりました。そう伝えます」と言う。「へ?本人に直接言ったらダメですよ。うまくやってください」とあわてていうと、「はい。気持ちはわかりました」なんだ?この会社は。こいつも、とんちんかんだ~。でも、長年使っている会社だから、仕方ない。そんなもんだろうと思いながら、搭乗している12時間ほど、ぞの「ぶすっ人さん」に心無い対応をしていただいた。起きている間、ずっとハラハラしていたので落ち着かないフライトとなった。顔付き、言葉づかい、所作、素直さ・・・が、その人の魅力をあげてくれる。彼女もそこをちょっと気づいたらいいのに。申し訳ないが、一目見て、この人のサービスは期待できないと思ってしまったのが残念。見た目を磨く。これは本当に大切なこと。どんなときも「ブスっ人」にならないよう気を付けよう。何事も教訓、反面教師。ああ、怖かった。
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by mahsa1203 | 2013-05-30 02:46 | words
「わからないもの」が近くなっている
最近、特に地方へ行くと、古い町並みなのに、やたら新しく立派な葬儀場が増えていることに驚くことが多い。
人口が減っている、住んでいるのはお年寄りがほとんど・・そんな町に白い立派な葬儀場。名前もソフトなイメージのものが多く、ちょっと前ならばそれが何の施設かわからなかったほど・・。近所に小さな葬儀屋さんがあるが、まだありがたいことに(言い方はおかしいが)お世話になったことはない。しかし週に何度も通ってきたので、お店がここ何年かでイメージが変わってきたことに時代の流れを感じていた。昔は密やかに営業されている様子であったのに、最近は入りやすい工夫?としてか入口におリンや小物をディスプレイしたり、花を飾っていつでも相談しやすいようにと変わってきているのだ。そして、いつも見ては首をかしげる葬儀組合?のポスター。お元気そうな老夫婦が笑顔で「そろそろ考えておかないとね」というキャッチコピー。葬儀のことも考えて、子供たちに迷惑をかけないようにしておきましょう。ということが言いたいポスターーなのだろうが、いずれ別れ往く老夫婦が笑顔で・・その言葉は???いつも疑問で、へんなポスターだと、だからこそ、何度も見入ってしまうのだが・・。日曜の朝も葬儀場の折り込みチラシが入ってきた。もちろんしっかり見てしまう。いざということを考えることが以前より多くなってきたし、いろいろ知っておかねばと思う気持ちはある。改めて考えてみると、子供の頃と比べると世の中全体が、「死」を身近にとらえるようになってきているように思う。高齢化社会という現象がそうさせているのかもしれない。情報化のせいかもしれない。エンディングや相続や、葬式や・・・お墓や・・・。なんとなく、「死」への意識?が近くなってきているような気がする。このことがいいのか悪いのか?葬儀ビジネスの勢いがそうさせているのかもしれない・・・。人が亡くなった後、その周りの人が困らないようにといろいろ準備や情報発信が加速する今日、私にはますます「死」というものがわからなくなっている。
今、生きている人には死は未知の世界。なのに、死の準備?だけが明確になってきている。サービスが加速すればするほど死への畏れが薄らいでいく?いや、よくわからない。でも、「葬儀はお世話になった人への最後のお別れです」・・チラシのコピーとか「そろそろだね。」と微笑む老夫婦の笑顔のポスター、葬儀の感動?の場面をそれなりのコピーで綴る車内吊りはどうも違うのである。本来、影のビジネス(困ったときに助けていただく)であったものが脚光を浴びる昨今。なんでもいいけれど、「わからないもの(死)」が近くなってきている・・・ことを、お年寄りたちは本当に喜んでいるのかな。だから、親にはあまり、「いざというときのこと」をあまり言いたくない。なんでも、ビジネスだ・・。死が人生の延長にあるようにとらえられ、どこか美化され、日常化されている・・・そんな風に感じるのは私だけか?悲しいのは、葬儀には本人自身はそこにいないということ。なかなかそのことは想像できないし、したいものではない。もちろん周囲に迷惑かけないようにと備えておくことは良いが、それは実はとても悲しいもののはずだ。生きている者には、死はみえない、わからない。なのに、そのまま近づいていくことはとても怖い。最近の業界の明るく、ソフトな発信、表現を見るにつれ、複雑な思いになってしまう・・・。
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by mahsa1203 | 2013-05-29 01:01 | words
東京で、ザビエルに再会する
日本にキリスト教を広めてくれたフランシスコ・ザビエルが昔から好きであった。一人の信仰厚きスペイン生まれのこの方が、ポルトガルからアジアへはるばる航海され、各地でキリスト教を広められた。宗教の伝搬ということだけなく、人生をそのことに賭けたということ、そして宗教はその国の文化や生活までをも伝え、後世の人々に影響を及ぼす、その手本とひとりということに感動し、写真もない時代のザビエルを、憧れの人のひとりとして、慕ってきた。マカオによく出かけたころは、あの古びたザビエル教会に座り、こんなところまでにも来ていたのかとしんみり思い、長崎の地でも、ザビエルの功績をたたえる教会の多さにびっくりし、先日はリスボンでもその存在を感じていた・・・。そんななか、なんの前情報もなく、神田を歩いているとき、前は巨大ビルで見えなかったが、そのビルが取り壊されたおかげで、教会らしき建物が目に入り、近寄っていったところ、そこはなんとまあ、「聖フランシスコザビエル聖堂」だったのである。へ?東京のど真ん中に、こんな立派な教会があったとは。中に入ってみると、ステンドグラスが実に美しく、きれいでおごそかな教会である。なんでも1874年に建立され、大火の後の再建などを繰り返しつつ、今日に至っているそうであるが、日本で最初に誕生したザビエルに捧げるために創られた教会だそうだ。なんと、聖遺骨も2000年12月3日から安置されているとのこと。へ?日本の教会にザビエルのお骨?しかも12月3日??ザビエルの年表を再確認する。12月3日はザビエルが亡くなった日だそうだ。
自分がなぜずっとザビエルのことが好きなのか・・・もしかしたら、見えない糸?と勝手に想像する。偉人たちの勇気ある行動が時間を経て、人々を幸せにし、安らぎを与えている。12月3日生まれの自分としては、なんとかザビエルの生まれ変わりにはとうていなれっこないが、少しでも人の役に立つ人になろうよ。と思うと、
胸が熱くなってきた。東京でザビエルに会える聖なる場所を発見したことがうれしいひとときであった。今に比べれば情報も少なく、不便な時代に何かを成し遂げるという生き方が素晴らしい。便利だからできるということではない。何もないから想像力も働き、意志も強く、使命感も湧いてくるのかも・・・。
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by mahsa1203 | 2013-05-28 06:52 | words
生きてるものが、がんばらなあかん!
土曜の夜、食事をしているところに、知り合いから訃報のメール。20代のころから、お世話になってきた印刷業界の先輩が亡くなられた。約1年前に「今尾さんお久しぶりです。観覧車の本、ありがとうございます」からはじまったお手紙をいただいたのが、最期となった・・。その方は岐阜の関ヶ原に近い養老の方で、印刷会社勤務を定年後も、ずっとフリーランスで活動、のべ50年近く企画編集の仕事を続けてこられていた。「社内報」や「広報紙」や「年史」づくりのプロであり、写真撮影が得意で、とくにニューヨークや京都を撮影するのが好きで、私が頻繁に行っていると報告すると、「うらやましいな~」と笑っておられた横顔が今も忘れられない。また私が開催した京都でのイベントにもお運びいただき、チャリティオークションにはなんだか貴重なお宝をわざわざ持ち込んでくださった。晩年は関ヶ原の石材メーカーの仕事に取り組んでおられ、ご自身のやりがい、その会社とのご縁について熱く語ってくださったのが今思えば最後の面談だったか・・。気が付けば、同じ岐阜出身、同じ印刷業界で企画の仕事をしていたというご縁だけで、四半世紀もかわいがっていただいたのだ。駆け出しのころ、上野の有名な鰻屋さんでごちそうになったことも、鮮明に覚えている。奥様を早くに亡くされ、その後、お母様と一緒に暮らしておられ、仕事に専念されてきた。奥様のことを話されるときは、さびしそうで、かえすことばもなかった・・。最後の手紙を今、読み返してみる。「あんなに元気で仕事をがんばってきた自分も、このように体を壊して歩くことがしんどい・・・健康はありがたいことだとこうなってみてわかる。。。」これは、調子に乗って生きている私への松岡さんの最後の教えだ。ひとり、ひとり、、、お世話になっていた方たちとの連絡の時間距離が長くなり、連絡が途絶えていき、そして・・・。そんなことが増えつつあるのが、切なくて悲しい。いずれ、みんな、彼岸へ旅立ってしまわれる。時間は止められない。このことを、しっかり受け留めて、生きているものが、しっかり先輩たちの教えを胸に元気にがんばらなければならない。最期までしっかり前向きでおられたんだろうな。もう一度、お会いしたかったな。そんな想いを弔電に込めて。奥様や奥様のもとで、どうぞ安らかにお休みください。心からのご冥福をお祈りいたします。心からの感謝をこめて・・・これからはNYに行っても、思い出すことだろう。
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by mahsa1203 | 2013-05-27 04:16 | words
公式サイト 更新しました 
先日開催の「まるこみーず アフターフォーラム2013」の報告を、グラン・ルーの公式サイトにアップいたしました。

http://mahsa.jp/index.html

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by mahsa1203 | 2013-05-26 06:49 | インフォメーション
沈黙の価値
情報の氾濫。自らの発言を瞬時に取り下げたり、修正したりがいとも簡単にできる世の中になった。いい点もそうでない点もある。自分の考えを、きちんと正確に伝えるには、やはり精査、推敲が重要であると思う。言葉であっても、文章であっても、伝えるときは自分の外に出すということへの「責任」というものを意識することが前よりも必要になってきたと思う。下手なことを言って、言い直したり、釈明したり・・・の後手処理に追われるぐらいならば、いっそのこと黙っているほうが美しい。
「私は私は」「俺が俺が」と言い続けている人たちを見ながら、「騒がしい世の中」だと思う。人のためにならない内容であればなおさらのこと、また確信がもてないことであればなおさらのこと、じっと黙っているほうがいい。人が話すという行為。つぶやき(最近は違う意味になっているようだが)から、独白、おしゃべり、世間話、議論、演説、プレゼン・・・・いろいろあれど、何もしゃべらなくても伝わる人になれたら、凄いと思う。
思いがあったら、感動的に伝わるように粛々と整えたい。思ったからすぐ言う、すぐ発するは子供じみている。
沈黙は金なり・・・本当にそうだ。きっとこの騒がしい世の中には、物言わぬが素晴らしい人はたくさんおられる。でも、言わないから凡人にはその存在も見えないかも・・。ああ、沈黙が似合う人が憧れだ。
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by mahsa1203 | 2013-05-26 01:35 | words
毎日「こんな人になりたい」
生きていると、日々いろんな出会いや学びもあり、またときには摩擦や葛藤もある。生きるとは、自分だけで完結しないことだから、人からかけられる言葉によって勇気をもらい、ときにはくじけそうになり、そしてまた元気になって・・・と浮き沈みしている。この世の大河のなかで自分自身が流されてしまわないように、浮くときも沈みそうになるときも、自分自身が自分らしく生きれられるように喝を入れる。「こんな人になりたい」と思うようにする。くじけそうになったときは、その原因を呑みこめる寛容さと強さをもった人になりたいと思い、信じられないショックなことに遭遇してしまったときには、そんなことにもめげない強くしなやかな受け止め方ができる人になりたいと思い・・・毎日「こんな人になりたい」と思うことで、自分が一回り一回り、少しづつ成長できていくのではないかと信じている。生きる最期の日まで、瞬間まで「こんな人になりたい」と絶対的な自分づくりを目指すことが人として気持ち良い生き方なのではないかと、信じている。
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by mahsa1203 | 2013-05-25 01:31 | words
おとこはん、がんばりなはれ!
最近、マスコミも含めどこもここも、「女性、女性」と書き立てることについて、長い間、大きな違和感を感じている。「ああ、うるせー。」と思ってしまうこともしばしば。昨日もとある研究機関が、「女性のほうが仕事や生き方に自信をもっている」という調査結果を発表していた。それによると、女性は対人関係にすぐれているとか、言ったことをちゃんとやるとか、約束を守るとかいろいろ、すぐれているそうだ・・・・。そんなことは人としての問題であり、なぜ、そこで女性女性と強調するのかと思えてならない。こんな調査結果がまた大きく出れば、女性?はますます自信過剰になり、男性は自信をなくす?のではとも思ってしまう。もし、男性が自信を無くしているならば、世の中は男女ともに元気でなければならないのだから、どうすれば男性が元気にがんばれるかをもっと考えて 発信していくことが必要だろう。では、女性だけでなく、男性のすぐれているところは何ですか?一緒に報道してくれよと思ってしまう。オンナと名のつく調査結果を出せば注目度が高まるとされる風潮も理解できない。雇均法も含め、社会的な保護のない中で、自力でがんばってこられた女性の先輩たちは、きっと女重視?の世の中に対して、必ずしも賛成ではないのではと思ってしまう。
ま、女のことはどうでもいい。おそらく調査の結果のとおり、元気に自信をもってがんばっていけるだろうから。自信をなくしかけている男性をもっと元気にがんばってもらえる応援をしないといけないと心から思っている。
制度を変えて女性の管理職や役員を増やそうといわなくても、本当に実力がある人は、人に評価されなくても、自ら光を発しているはずだ。オンナオンナを社会にと言い続けている発想、視点こそが、ある意味時代遅れで、男性の目線であることを感じてしまい、女の自信報道にも違和感を感じるのは私だけだろうか。
とにかく世のおとこはん。まけたらあかん。がんばりなはれ。私は死ぬまで世の男性たちを元気にしたい!
いや、おこがましい、応援し続けたいと思っている。
女性がこんなに自由に働ける世の中になったということについて、感謝を忘れてはいけない。諸先輩たちのご苦労があって今日があるのだから・・。そのことがまず大切ではないか。と、熱く思ってしまう、今日この頃・・である。
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by mahsa1203 | 2013-05-24 04:14 | words
「まるこみーずアフターフォーラム」2013開催<速報>
5月22日新潟で過去9年間開催してきた広報・コミュニケーション勉強会の受講者さんの報告・交流会「まるこみーずアフターフォーラム2013」を今回も、無事、開催することができました。
参加者の皆様の写真の笑顔を見ていただければ、どんな様子だったかはお分かりいただけると思います。
(主催者本人が安堵からか?壊れた笑顔になっておりますが、ご容赦ください・・・)
皆さんの情熱あふれる、充実した成果発表をお聞きし、最後に少しお話した、「これからのまるコミ力アップの実践10か条」を、以下に挙げさせて
いただきます。
1.地道が一番
2.継続をやめない
3.工夫を少しづつ足す
4.知恵はいつでも、どこからでも仕入れる
5.発見を毎日
6.行動は誰よりも速く
7.挑戦を恐れず
8.小さな感動づくり
9.「らしさ」をきわめる
10.「うちだけのもの」「うちしかできないこと」をとことん!

そして、「人として」をいつも念頭におき、判断、行動することを
大切にしていきたい、そしてそのことが必ず成果、成長につながる
という話をさせていただきました。

簡単ですが、速報として報告させていただきます。(近日、報告をグラン・ルー公式サイトにも別途掲載予定)
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                          すべての皆様に感謝をこめて 今尾昌子
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by mahsa1203 | 2013-05-23 21:30 | インフォメーション


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