つれづれなるままに...
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「目的地」が「経由地」になる
いつかどこかで書いたかもしれないが、初めての海外体験は25歳の5月。研修で出張したNY。わずか5日間の体験から、NYが放つパワーに魅せられ、この四半世紀、アジア以外でもっとも通った海外の街となった。
流通の、フードサービスの、建築の、アートの、ファッションの最先端がここにあると、日本でのマーケティングには不可欠な拠点であったのは間違いなかった。日本にない最新のトレンド情報を仕入れるだけでなく、感性も豊かになり、相手を問わないフランクコミュニケーションの術を知り・・・。挙げだしたらきりがないが、本当に吸収できることが多い、コスモポリタンな街。今年50歳になるにあたり、自分の人生を内面から支えてくれていたのはこの町の存在が大きかったのではないかと思うこともしばしば。そんな風にいつもディスティネーションとして訪れてきたNYが最近、自分の中で、経由地に変わってきた。他のアメリカの都市に行く、南米に行く、そこから欧州へ行く・・。
他の都市と比較してみることで、これまでと違うアメリカのパワーを感じる。現在はパワーという魅力だけではモノ足りない自分もいるし、この土地を客観的に見られるようになってきたのかもしれない。NYはアメリカンドリームの象徴である。すでに栄光の時代から長い長い時間を経て、経済的に困窮しながらも生きているヨーロッパ国やアジアの各国とも大きく異なる。大量生産・大量消費・大量コミュニケーションが生み出した成長を、繁栄の見本として世界に示してきたこの国の象徴・・・。最近はなぜか、往年のパワーは感じなくなっている。何やらモノはたくさんあるけれど、以前より感動しない。ネットの普及のせいかもしれない。また先日まで流行っていたのに、もう次のものが・・・。使い捨てのビジネスも気になったりする。25年後、生きていたら75歳。NYは、目的地になってているか、それとも経由地になっているだろうか?それとも?もちろんそこで生きる人たちとの素敵な出会いがある以上、足を運ぶことは間違いないが。
と、旅を例に書いているが、人は目的地をどんどん変えながら、生きていく。かつて、目的地であった場所が経由地になること。それは自然なことかもしれない。やっぱり人生は旅そのものだと実感する。
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by mahsa1203 | 2013-03-31 00:01 | words
街の印象は無形の感動で決まる
台湾で感じたとき以来の、人に親しみを感じた国、ポルトガル。わずか3日で出会い、わずかでも言葉を交わした人は何十人か?タクシーのドライバーからファドの歌手からレストランのオーナーから、CDショップのスタッフから・・・・。誰一人として、いやな人に出会ったことはなかった。ぎすぎすしたり、街で危険を感じることもなかった。深夜でも、外人のオンナ一人でも、無事にタクシーに乗ることができる。どの人も英語も話し、日本人と知ると、どの人も「OH~」という感じで歓待してくれて、日本人は海外から訪れる人の中で、もっともいい人たちだと口をそろえていい、敬意を表してくれる。こんなあったかい人たちの国は久しぶりだ。経済は困窮しており、政府の話になると、世代を超えて怒りモードになるが、その矛先はこちらには向かない。そして応援しているよというと、感謝してくれる。ポルトガルと日本は昔から密接な関係があり、ポルトガルの大航海時代がなかったら、今日の日本はないかもというと、感慨深く聞いてくれる。歴史のある町。日本の各地が躍起になっている世界遺産も多数保有している国。でも、私にはこれらの遺跡や建造物よりも、そこに住まう人々の方が大切な存在であると思えてならない。もちろん遺産があるから、世界から観光客を集めることができ、彼らの経済が少しでも活性化するならば、良いと思うし、それがなければ売りもないということになるのであろうが、私の心に残るのは、人、人、人である。見えないものは大切である。改めて痛切に感じた今回の滞在。そして、その人から生まれる歌声やギターの音色も無形であるが、これまた記憶から消えることができない。ギリシアやスペインのことが他人事ではない。そして日本にとっても他人事ではない。「どうぞ、この素晴らしい文化の質を維持し続けてくださいね|」とタクシードライバーの若者に言ったら、目を輝かせ、とても喜んでくれた。形がないもの、ことのほうが伝わるものか・・・。おもてなし面からも、文化面からも、たいへん学ぶところが多い街であった。他にない新たな関係も生まれ、私の内でぐっと距離感が縮まった南蛮文化を日本へもたらしてくれた国。またすぐに再訪しようと思う。
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by mahsa1203 | 2013-03-30 04:21 | words
街のチンチン電車よ、永遠に。
ここのところうれしいことに、訪れる町には路面電車、そう「チンチン電車」が健在だ。長崎、ニューオーリンズ、そしてリスボン。コトコトと音を立てて、速すぎることはないけれど、自動車たちの隙間をかき分け、レールの上をスマートに走っていくその姿が頼もしい。チンチンという音も良い。心地よい音だ。電気音ではなく、ベルの音が自然でとても良い。最近は、路面電車を見かけることも減って、見知らぬ街で見かけたりすると、それだけでうれしくなったりする。リスボンのチンチン電車は、よくこんな狭くて急な坂道を、急なカーブを走るもんだと、ハラハラもする。
そういえば、私の故郷にも子供のころ、チンチン電車が走っていた。良かったなあ、あのころは、岐阜がとても元気だったように思う。もともとチンチン電車は人々の生活に不可欠な存在であったが、時代の波とともに、淘汰されていく・・・その結果、電車がなくなるだけではなく、町ににぎわいもなくなっていったように思う。小さい電車に多くの人が乗って、揺られて、景色を見て・・・とても懐かしい。今でも地下鉄よりも、地上を走る電車が好きなのは、子供時代のそんな体験によるのかもしれない。この世からチンチン電車たちは絶対になくなってはいけない。ICカードとか使えなくてもいいから、ずっと残せる街が人に本当に優しい街ではないだろうか。しみじみ、リスボンのチンチン電車を見送りながら、長良橋を走っていた岐阜の電車を思い起こし、しばし坂道で佇んでいた。
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by mahsa1203 | 2013-03-29 01:28 | words
ベリー オールド いえいえ ベリー パワフル!
海外へ視察や調査に行く際は、コーディネイト・アテンド時以外は、単独行動がほとんどであり、どこへ行っても一人というのが自分にとっては通常である。時々「ひとり?」と聞かれるがそれも慣れっこだ。今回のファドの研究は、なんといっても生演奏をよく聴くこと。まずは現地の人たちのおすすめのカーサ デ ファドを探す。夜の初めての街は、何かと不安のため、予約を入れて、タクシーで向かう。丘の路地にそのレストランはある。こういったライブはだいたい夜21時から22時がスタートで、夜中までやっているというケースも多いそうだ。ほどよい時間を想定し、20時半に店に向かう。この町は比較的治安がいいので、移動も比較的安心。店に到着。一人客の場合の心配は相席だ。しっかり音楽を聴きたいので、一人で静かに過ごしたい。そんな願いもかなえられ、今回は一人テーブルで、時々店のスタッフと会話を楽しみながら、地元の食事をいただく。にわかに店内にお客も増えてきて、そのなかに何組かの日本人らしきゲストもご来店。やっぱり有名な店だから。日本人はポストガルが好きらしい。お酒も入り、演奏がはじまり、ある日本人のご夫妻の奥様が、隣の席の欧州人と話し始める。「アイアム ジャパニーズ」からはじまり、一生懸命言葉を探しながら会話に挑んでおられ、また相手方も一生懸命うなづいてきいている。話からすると、定年後、日本を離れ、バリに住むようになり、今回は3週間かけてのヨーロッパ旅行のようだ。ふむ?リッチな人たち?その会話の中で、「ウイ アー ベリー オールド」という言葉を何度か耳にした。相手もそのたびに、そんなことはないという反応であるが、おそらく70代後半のご様子。素晴らしい、定年後、海外に住み、暑い慣れないといいながら、新たな生活基盤を作られ、さらに海外旅行にも。この奥様の一生懸命な英会話に頭が下がる。一生懸命なのが、そしてそれを楽しみ、自信にされているのがよくわかる。昨今、日本ではベリーヤングでも、パワフルでない人が増えているなか、あっぱれ!ニッポンのおっかさん!であった。ちなみに。旦那様よりも、奥様がより一層お元気!定年前も、後も、きっとおしりに敷かれてきたんでしょうか?と想像膨らむ、ベリーパワフルカップルであった。
今日はいずこで「アイ アム ジャパニーズ」ってやっておられるだろうか・・・。
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by mahsa1203 | 2013-03-28 01:41 | words
今も、学びたい意欲があるか?
知らない世界を知りたい、もっと知識を、もっと教養を身につけたい、もっと自分を高めたい。人間のさまざまな欲求のなかで、もっとも尊いディザイアのひとつは、知的な欲求ではないかと思う。大学など上の学校や専門の学校へ行きたいというのも、本来は就職のためではなく、勉強したいから・・・だったと思う。もちろん勉強してなりたい職業に就くというのが理想の学習成果であっただろう。この季節、はかま姿の女学生たち、また卒業式の付添であろう親御さんの姿をよく町で見かけるが、学校を卒業するとき、就職先が決まってよかったという喜びもあるだろうが、学生時代に、これを学んだという達成感、充実感があるといいと思う。
自分の学生時代はどうだっただろうか。夜な夜な図書館で読書していたり、読めもしない難しい哲学書を前に、わかったふりな自習をしていた時間も決して無駄ではなかったし、授業で知らないことを知るということの
面白さもひとしおであったと、今ふりかえっても懐かしい。そして、今も改めてもっと勉強をして、いろんな世界を知りたいという欲求は萎えることがない。最近は、老眼に負けて以前より本を読むのが辛かったり、いろいろあるが、今の自分なりの学習方法を常に探している。机上でするだけが勉強ではない。春は、とくにそんな意欲が高まる季節だ。櫻の花を見ながら、学校案内の資料を取り寄せてみたり、あるいは新たにはじまる通信教育のテキストを注文したり・・・。きっと社会人の中で、知的欲求に目覚め、新たな行動を起こす人がいることだろう。周りに追われるより、自分で自分を追いかけたい。曇り空にじっとがんばって咲いてくれている櫻たちを見て、よしもう一度!まだ散らないぞ!とわれを奮い立たせるのである。
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by mahsa1203 | 2013-03-27 00:59 | words
精神世界の普遍と「やさしさ」
新ローマ法王の先日の最初のミサの内容の全貌は把握できていないが、「やさしさ」という言葉を何度も言われたと海外のニュースが報じていたのがとても印象的であった。「やさしさ」とは何だろう。今、社会に蔓延している自分中心主義の対極にあるものだと思う。自分自分、自分さえ、わが国さえ、自分だけ・・・このエゴが社会の調和をゆがめているが、物質世界、経済優先の社会では、競争社会ではどうしてもそうなってしまう。そこに、「やさしさ」という価値はどう共存できるのだろうか。お互いに、ほどほどに、譲り合いながら、助け合いながら・・・そんな考えになることができれば、競争は共存へと変わっていけるのであろうか。人は競争しないと成長できない、とくにビジネス社会や学歴社会ではそのようなことを言われてきたが、競争の果てにはいったい何があるのだというのだろうか。そこから生まれる格差・・・。それがすでに今の社会問題になっているわけだ。そんな状況もすべて把握したうえで、フランチェスコ1世は、本来の人間社会に求められるべき共存・・それを「やさしさ」と言われているのではないだろうか。最近、私自身も、もっと真の意味で「やさしさをもった人間」になりたいと思う。しかし、一人の人間の中にもさまざまな感情がうごめき、それらが調整しあいながら生きる存在ゆえ、まだまだ優しさは足りないのだろう。甘いと、優しいは違う。真の意味で、優しく、強い人。静かにそれを目指したい。
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by mahsa1203 | 2013-03-26 07:51 | words
やわらかオノマトペ
オノマトペは、造語ではなくフランス語であった。擬声語、擬態語の意味で、モノの様子をわかりやすく伝える言葉。日本語にはそれが多いといわれている。たとえば、「ふわふわ」「がりがり」「とろとろ」「あつあつ」・・・キャッチコピーでももちろんよく使うが、あえて商品名に入れてしまうという傾向もあり、それを入れると子供たちにもわかりやすいとヒットにつながる可能性もある。この季節は、なぜかオノマトペを思い出す。春といえば・・・「むくむく」「きらきら」「わくわく」「すやすや」「さらさら」「がやがや」「わいわい」「そわそわ」・・・どうも、人をはじめとする、生き物の活動や表情を表すようなものが多い。毎日一語、今日のオノマトペをひらめくように習慣づけるのも面白いかもしれない。そのとき、できれば「がつがつ」「ばたばた」ではなく、心に余裕をもてるような、やわらかオノマトペを選びたい。言葉に、この表現があることで、人は豊かに話し、書き、聞き、読むことができる。さすが、フランス語!情緒、感性の言葉の国ならではでの表現である。日本語もしかり。さあ、今日も「わくわく」の1日になりますように!
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by mahsa1203 | 2013-03-25 02:56 | words
なんて呼ばれたい?なんて呼ぶ?
あるシンガーソングライターのブログに、年を経て自分のことを「オレ」「僕」ではなく「ワタシ」と言うことが増えたという記述があった。そうか。男性は自分の呼び方にバリエーションがある。女性は基本的に「ワタシ」であろうか。時々「自分は」「わたくしは」というのもあるかもしれないが。一方、人になんと呼ばれたらうれしく、また不快であろうか?まず、不快なほうがすぐ浮かぶ。「イマオクン」と年上の男性(おっさん)から呼ばれるのがとても嫌いだ。若いころならまだしも、今でもそうやって呼ぶ人がいて、このおっさん、何者?と呼ばれるたびに、心の中で反撃の弾を撃っている、(笑)人のことを、下に見下ろしているように聞こえてしまう呼び名は要注意だ。また、メールの書き出しも通常は「様」であり、親しい人、お互いにそう思っている場合は「さん」か。尊敬を表す場合は、やはり「様(さま)」か。と、まあ、呼び方ひとつで、相手の気持ちを良くしたり、悪くしたりするため、本当に気を付けなければならない。いっぽう、うれしい呼び名は「まさこさん」「マーサさん」「マーサ」あたりが自然にうれしい。また高校生の同級生に久しぶりに会い、「マーコ」と呼ばれたのもうれしなつかし、さらには子供時代にかわいがってもらった近所のおばさんに40年ぶりに「まあちゃん」と呼ばれたのも照れくさいがうれしかった。いずれにせよ、「イマオクン」は論外で、やっぱりファーストネームで呼ばれるほうがうれしくなる。そういえば、中年の女性客をファーストネームで呼ぶことで、売上を伸ばしたというフィットネスクラブがあるという話を聞いたことがあったが、確かに!人は(とくに女性は)どう呼ばれるかで、よくも悪くも反応するのだ。
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by mahsa1203 | 2013-03-24 05:11 | words
マイノリティで生まれる マイノリティに生きる
在日韓国人として生まれ、学生時代からアメリカはじめ各国で暮らし、仕事をし、日本に戻り、子供たちのことを思って、つい何年か前に帰化した知人。はじめてゆっくり二人で韓国料理を囲み、マッコリをいただきながら、語り合う。帰化した理由について・・「やっぱり、日本で生まれて、日本で育ったわけですし、日本人になりたかったから」と言われたときに、なるほどと思う。そして将来のことも話す。「住み慣れたシンガポールあたりで暮らすのもいいのではないですか?」「そうですね。でも、あそこで暮らすのは、マイノリティになってしまうから。生まれたときにマイノリティでしたし、やっぱりこの先はマジョリティの土地(日本)で暮らしたいなと思いますわ」また、なるほどと思う。それに比して、自分は生まれてから、そんな苦労もなく、日本で暮らし、自分の勝手な意思で、いつもマイノリティ(それを自分ではオンリーワンといっているが)に生きることばかり試みている。なんと、贅沢なことよ。「でも、いいんじゃないですか。自分で意識してそういう生き方をしているんだから、自立していますよね」そうか・・。マイノリティの環境に生まれ、そこで生きねばならぬ苦労と、自らマイノリティに生きる苦労。どちらも大変。でも、やっぱり選べない環境で生きなければならないことはとても大変だ。会話はRACEとIDENTITYにまで及んだ。気が付けば4時間が経過。とても充実した時間であった。握手をして別れ、その友の背中を見守る。いろんな経験をされてきたことが全部詰まっている人生だと心から敬意を表し・・。さて、今後も選んでマイノリティを行くか、この先も・・・。選ぶマイノリティは孤独?でも自由であるから、無限大の可能性ももっていると信じる。
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by mahsa1203 | 2013-03-23 00:04 | words
櫻の花の功罪?
早くも櫻の花が咲き始めた。街のそこここで、人々が立ち止り、撮影している姿を見ると、ああ、今年もやってきたな~と改めて思うこの季節。私は櫻の花を見ると、その美しさに感動するのはもちろんであるが、なんとも不安定な気持ちになるのも否めない。こんなにあでやかに咲いているのに、瞬間の強風にでも吹かれれば、その花はさっと散りゆき、その使命を終えるのである。またこれまでにいろんな場所でいろんな形で櫻を愛でてきたが、なぜか甘ずっぱい思い出がつきまとう。そう、いろんな花見をしてきたな・・と。櫻とはなんと、はかない存在なのか。だからこそ、感動するのだろう。また、櫻の季節になると、心がざわめくようなそんな感じになるのは何だろうか。しばらく忘れていたような、不思議な感覚に取り囲まれる自分がいる。櫻は、いかにも日本的な美の象徴であると思う、そして、ハレの気持ちを誘う、何か危ない感じをもつ存在でもあり、人に反省も促し、またそれでも、「散ってもいいさ」と潔さをもたらす存在でもある。櫻の季節が来ると、人はじっとしていられない。心の奥底に棲む何者かに誘われ、少し挑発的に、大胆になったりもするのだ。櫻の季節は短いから、ぞんぶんに楽しみ、往く季節へのあわれも感じたい。櫻は人恋しい季節の風物詩でもある。そう、散り際を思うと、何も怖いものがなくなるような・・・そんな錯覚にも陥る。ただただ、不思議。咲き始めから葉桜まで、全て美しいニッポンの春、到来。出会いと別れにいかにもふさわしい。年々、開花が早くなっていることはとても心配。四季を大切にしたいと思わせてくれるのも、この花だ。窓から見える櫻の木に、毎朝毎朝、「今日も散らずにいておくれ」と声をかけるしばしの時間を大切にしたい。
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by mahsa1203 | 2013-03-22 02:42 | words


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