つれづれなるままに...
by mahsa
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正しく判断することが難しい時代に
政治家は日本をよくするための行動よりも、選挙自体が好きなのか?と思ってしまう。ちょっと口がたつぐらいで、コあたまがいいからと、言葉ゲームでもって争っていることが仕事のように思っている人がいかに多いことかと、失望をもって最近の日本の情勢を眺めている。まさに政治家の就カツである。
とはいえ、この中からよき人を選ぶということが国民の義務である以上、マスコミから出てくる情報を無視することはできない。ただ、このマスコミのほうも自分の仕事を創るために、情報をこねくりまわして発信しているようで、どれが本当か?と思い出したら迷う人が多いだろうし、面倒くさくなって、勢いで選んだり、有名だからとか、周囲の人がこうだから・・・というネガティブな選択をしている人が多いのではないだろうか。
こんなことだと、もっと日本は腐っていく。せめて、国民は正しい選択をしないと・・・。であるが、現実、このメディアの氾濫ぶりに、翻弄されている人も多いだろう。でも、国は国民あっての国である。だからしっかり自分たちのことを考えなければならない。だから正しく判断されることが大切だ。そのためには、自分自身の判断力を日ごろから持つように努力することが大切だと思う。多種多様な情報を見聞きするのは良いが、それらに流されることなく、常に客観視し、その善悪を見極めたり、本物を見極める力、うさんくさいと感じる力、地道ではあっても正しいものを選び取ることができる力・・・。この力を養うには長い努力も必要だ。でも、絶対に今こそ、正しい判断ができる国民が増えていかないといけない・・・。今は、やっぱりドナルド・キーンさんと同じ思いで、どれも選べない・・というのが私なりの考えではある。それでも無関心ではなく、どうすればということを 自分なりに考え、自分ができることをやっていこうと思う。正しい判断ができない人が多くなればなるほど、下質(最近やはっているらしい上質にあえて対抗するが)な報道がはびこる。もっと勉強しなければ・・。ブレナイ自分づくりをもっともっと。
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by mahsa1203 | 2012-11-30 03:27 | words
「天上大風」を学ぶ
新潟県燕市に幕末から明治にかけて長善館という私塾があった。松下村塾や慶応義塾はきいたことがあったが、長善館とは初めてきいた。この名前をとって燕市役所では市長を塾長として、市役所長善館という名前で、将来を担うやる気のある若手の勉強会をスタートさせており、今回、その勉強会の講師に呼んでいただく。では、その長善館というところも見ておかねば・・・と、タクシーを走らせ、市街にある長善館資料館に足を運ぶ。なんとも手作り感満載の、これまで見たことのない温もりのプチミュージアムである。地元の人間ではないため、そこで学んだ人や先生方がどんな素晴らしい方だったかはわからないが、後生までこの塾の意義を語り続けようと残させていること自体に感動する。そこでみつけた良寛さんのお言葉らしき四文字。この地に30年住んだ良寛さんが子どもの凧に書いてやった文字だそう。
「天上大風」。読み方を館長に聞くと「てんじょうおおかぜ」と読むそうだ。空は何もないように、穏やかに見えているけれども、その上では大きな風が吹き荒れているものだ~。という意味だそう。にこにこしている人でも、心の中は・・・という置き換えも良いだろうか。人生を大きく生きた良寛さんならではの哲学的な名言であると感心した。また、塾の校則も書かれている。「学ぶ前には、手を荒い口をすすぐこと」しつけ、マナー・・・今の日本人が忘れているような基本的な社会ルールをここで学びなおすこともできる。それにしても、仕事でこの塾名に出会ったからこれを知った。仕事のおかげで、新たな学びが増えることはこの上なき喜びだ。それにしても、「長善」[とはいい言葉だ。長く善きことを続けることがあるべき人生である。選挙に燃えている政治家たちにも伝えたいメッセージがある素晴らしい私塾、日本のよき時代から今も学ぶことは大いにある。
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by mahsa1203 | 2012-11-29 00:51 | words
「気」の使い分けは難しい
京都にも大切な人が何名かおられ、久しぶりにお会いできると思うと、あれこれついつい、出張先で仕入れたものや、ふるさとの味やら、渡そうと思ってしまう。「もう、あんまり気を遣ったらあかんで~」と、いわれつつも、忙しい毎日だし、元気で長生きしてほしいし、一人暮らしだし・・と思うとついつい、あれやこれやとしてしまう。
「あんたが気を遣うと、こっちもきを遣わなあかんようになるさかいに、そう、気を遣わんといてえなあ」と、京都弁で言われる。別に気を遣っているわけでもないんだけど。でも、難しいものだ。気を遣う、気に掛ける、気にする、気を付ける・・・。「気」というのは、人との関係づくりでとても重要なものだということは心得ているつもりであるが、そのいろんな「気」をどう使い分けるか?が難しい。でも、気配り、気遣いはやっぱり、いいことだと思う。あくまでも、モノをどうこうではなく、相手を大切に思うその心が行動になるだけのことだ。京都に来るとやっぱりおもてなしの基本を自然と学ばせてもらえるから、ありがたい。気のつく人、やっぱり、いいと思う。
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by mahsa1203 | 2012-11-28 00:09 | words
蘇るロマンチック・ノスタルジーの名器
弾きたい一心で、なんとかライブでも取り入れたいという気持ちで、以前ブエノスアイレスで入手してきたバンドネオン。なんとか持ち帰って、教本でもって、なんとか弾けるようになりたいとしばし挑戦したものの、ところどころ音のきしみやボタンの硬さなど大丈夫か?と素人ながら気になるところもあり、またそれ以前の問題として、この楽器の難しさもわかってきて、いずれ時間できたときにゆっくり・・・と部屋の片隅に置いていた。それが視界に入るたび、このままではいけないと、日本では数少ないであろうこの楽器のことがわかるプロを探しはじめていた。さらに、この難解なバンドネオンの代わりとしてアコーディオンにも興味が湧き・・・というときに、アコーディオンやバンドネオンなどのリード楽器の修理や調律で知られる専門の職人さんに出会い、その方をたずね、ついに楽器を名古屋のお店まで持ち込み点検をしていただくことに。分解していただくと、やはり予想度どおり第二次大戦後、ドイツからアルゼンチンにわたったものであることがわかり、ますます愛着が湧き、興味が高まる。楽器を見ながら店主と話して、結果、このバンドネオンはまず修理すべきところは修理し、その後にまた相談しようということになった。プロに見ていただいて、自分がいい加減な選択をしたのではないということがわかって、まずは安堵する。弾きこまれて古くなったバンドネオン。自分が弾けるように師を探し続けるのか、弾ける人に使っていただくようにするのか。いずれにしても、80年以上前の名器がしばらくしたら蘇る。お願いだから、ピアソラが私にのりうつってくれないかしらと思ってしまった楽器店からの帰り道となった。
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by mahsa1203 | 2012-11-27 00:18 | words
「そういう気分」を味わいたいとき
アメリカでは例年通り、感謝祭の翌日よりクリスマス商戦が始まったようだ。たかだか10ドル程度のセール品を買うために並んで、開店と同時に店に駆け込み商品をゲットし、達成感で満足げなお客の映像を見た。たかだかそんなものが欲しいがために争うように売り場に駆け込むか?と素朴に疑問に思うのであるが、おそらくアメリカの女性たちはその物を買いたいがためにではなく、イベントに参加しているという気分のために、行動しているのだろうと推察する。おそらくは、そこに誰よりも早く行った、手に入れたということの話題のために。と同じようなことを東京でも発見する。たとえば、六本木のミッドタウンに久しぶりに足を運ぶ。テラスではクリスマスイルミネーションが夕方になると点灯したり、クリスマスに向けてのイベントがいろいろあったりして、賑わっている。普段、このエリアでは見かけないような観光客も大勢いるようだ。普段あまり入らない店に、ひととおり皆入っていく。だから、やたらと混雑している。かといって、何を買っている様子でもない。楽しいクリスマス気分に触れるためにここにやってきた、ただ見ている、歩いているということだけである。「そういう気分」になりたいから来るのだ。そして、そういう気分になると、ついうれしくなって、楽しくなって財布のひもも緩むのだ。面白い。欲しいから買っていくのではなく、気分に流されてなんとなく欲しくなってしまうのだ。・・・経済活動の活性化には大変結構なことであるが、見方を変えると、去年はそんな軽さはなかったように思う。人々はあの日を忘れつつある。そんな楽しいひととき、大きな地震が東京を襲った。ちょっと思い出した。そう、そういう気分もいいけれど、忘れてはいけないのだ。でも、時節柄「そういう気分」になりがちな日本列島・・・。
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by mahsa1203 | 2012-11-26 04:37 | words
日本人より日本を想う人
あのドナルド・キーン氏は昨年の大震災後、日本に永住されることを決め、そしてNYから日本へ引越しをされた。高齢にも拘わらずというか、それを思わせない精力的かつ聡明なる言動、活動が心に染み入る。あるテレビ番組でのインタビューで、今の日本の政治についてのコメントがあった。「政党のためではなく、それを越えて一人の人間として日本にどう貢献できるかが大切。今の日本の政治家は政党のためだけに存在しているようだ。今の段階では、誰にも票をあげることはできません」まったくまったくそのとおりである。政党が云々で、政治家を引退していく某氏のことも話題になっているが、なんなんだ~?と頭をひねることも通り越す、ただただ呆れるばかり。お子様、自分本位のえせ政治家はもうたくさんであることを、キーン氏もやっぱりお見透しである。そういった政治への憂いを語りながらも、日本は他のアジアのどこよりも素晴らしい国だと最後に締めくくっておられた。きれいな日本語を話し、本来、日本人がもっていたであるはずのナショナルプライドをもち、この日本で人生を終えるという大決断をされ・・・。素晴らしい。ありがたくて涙が出る。日本人なんだから、本当に日本らしく美しく。キーン氏には、せっかくおいでいただいた日本だから、ずっとお元気にいていただきたい。
そして、キーン氏の思い、期待を裏切らないよう、日本は美しいいい国でいなくてはならない。
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by mahsa1203 | 2012-11-25 05:37 | words
花の命はみじかいか
出張先、移動のしばしの空き時間にその町をぶらつくと新たな発見があり、とても楽しい。今回は直江津駅でのこと。15分ほどの空き時間、今は残念ながら閑散となってしまっている駅前の商店街を歩いてみる。古いお店でシャッターを閉めずにがんばっている老舗たちを見ると、ついつい中に引き込まれてします。そこにみつけたのは直江津名物、継続だんごのお店。これは、なんとあの放浪記にも出てくるそうだ。といっても、まだこれは読んでいなかった、先日亡くなった森光子さんのでんぐり返しで知ったようなもの・・。作者と作品の名前は知ってはいたが、実は不勉強・・。そのおだんご屋さんは、そのおだんごを名物としてがんばっておられる。店のポスターやディスプレイを見て、そこの女主人さんに「放浪記といえば、森さん最近亡くなられて残念ですね」と声をかけ、話がはじまる。すると、駅前に、昨年11月23日、森光子さんの放浪記出演2000回記念を祝して、建立した句碑が建てられたが、お亡くなりになってしまったので、句碑建立1年の記念でもあり、法要をされるとお聞きし、ああ、森光子さんがこの町と接点があったのだと胸が熱くなる。少々おだんごを求めて、駅前に戻り、その句碑をみつけ、森さんの手による句碑の文字を見る。「花のいのちは短くて、苦しいことのみ多かりき」。有名は言葉であるが、花の命は短いかな・・・そうかな。苦しいことのみ多いかな。そうかな。「どうだかね。」と、私には、「時間ですよ」で親しんでいた森さんの顔を思い浮かべ、思わず手を合わせた。
大往生、素晴らしい。最後まで、人に感動を与える人生。命自体が、花であることを教えてくれた大きな存在ではないだろうか。心よりご冥福を祈り、ここにその句碑の写真を添えさせていただくことにする。
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by mahsa1203 | 2012-11-24 06:54 | words
夢を描くことを楽しむ人生
最近、自分の人生に夢を描けない人が増えているようだ。それがさまざまな事故や事件、自殺問題に発展していたりするかもしれない。しかし、本当に物は考えようで・・・。ああなりたい、こうなりたい、あんな風になりたい、あんなところへ行きたい、こんな人といわれたい・・・。自分自身をちょっと解放してあげることで、ずいぶんと夢が涌いてくるものだ。そして、夢とは、とてつもなく自分とかけ離れたはるか彼方の存在ではなく、意識したとたんに、自分に夢が近づいてくるような気がする。だから、意識するコトで実現すると思うのである。毎日、こんな人になりたい、と思うだけで、そうなれるように行動しようとしている自分がいる。夢とは、所詮自分の意識のなかの話、だから意識することで、必ず実現するようになる。そう考えたら、毎日が楽しくてたまらなくなる。
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by mahsa1203 | 2012-11-23 01:46 | words
コミュニケーションは相手次第
ラジオや学生向け媒体で、「コミュニケーションなんでも相談室」なコーナーをもち、毎月いろんなご相談に対して、お答えしている。お父さんとうまくコミュニケーションがとれない、部下をうまく叱れない、何がいいたいかよくわからないといわれる…人それぞれ悩みがあるものだと思う一方、悩まない人はきっといないのではないかと思うし、自分も人様にこたえていながら、常に考え、悩んでいるのかもしれない。最近思うのは、コミュニケーションをうまくやろうと努力しても、肝心な相手にその意識や能力がなければ、いいコミュニケーションは成立しないということだ。だから、コミュニケーションをうまくしたいならば、まずは相手を見る、知るということからはじめるのがよさそうだ。しゃべるのが苦手そうな人には話しやすい環境を作る、しゃべりたくてたまってそうな人に対しては、まずは聞く。そこから引き出していく。話しやすい、聞きやすい環境を作るということが大前提だ。またコミュニケーション意識が高い人同士であれば、会話も盛り上がり、お互いの目標も達することができるが、お互いにその意識もスキルもない人同士ではなかなか通いづらい。自分はこういった場合の仲介者であることもあるがときには、そんな役割も必要だと思う。うまく伝えたいときは、まずは相手がどんな人かをきちんと見定める能力。これは公私ともに大切だ。最初から勢いよく自分から売り込みすぎるとよくない場合もある。
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by mahsa1203 | 2012-11-22 00:11 | words
きばってはるな~。まけてられへんな。
夏のブログにも書いたかと記憶するが、大好きな桂三枝さんが、文枝を襲名され、もう4ヶ月ほどになろうか。慣れない名前ではあるが、不思議なもので慣れてくるものだ。久しぶりに早朝のテレビで、襲名後の創作落語を見せてもらう。30代の頃から知っているため、その頃と比すれば、年取ったな~と思いつつも、70歳に近づきつつも、とても若々しい。努力をされているのがよく伝わる。それは見かけの問題だけではなく、落語への新たな挑戦。古典落語とはまったく違う、創作落語には、ハンドマイクも出てくれば、歌も、カラオケも飛び出すから、不思議である。ああ、三枝さんは(ここでは昔の名前のまま)がんばってはるな~。よう、こんな発想ができるな~。歌もうまいな~。表情がいいな~。とずっと細かく観察させてもらい、すっかり頭は仕事モードである。見えないところで努力している人は、きらきらしている。先日亡くなられた森光子さんも、生涯努力の人であったらしい。半端じゃないひとは素晴らしい。超大物を見ても、まけてられへん!と思わず思ってしまう。
文枝さんのますますの挑戦を応援し、それを横目で見つつ、わてもやったるで~。となぜかつい、関西弁になる。
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by mahsa1203 | 2012-11-21 04:27 | words


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