つれづれなるままに...
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会議でもらい泣き
ある施設の運営についての会議の席。その日に予定されていた事業者さんのプレゼンのあと、それに対し関係委員たちの質問が続く。そして、ある委員の発言の順番になった。その方は獣医さんである。その方は発言し始めてすぐに言葉につまられた。「すみません、すみません」と言われながら、涙をハンカチで拭いながら、なんとかがんばって話そうとするが、涙が止まらない。そういうなか、なんとかなんとかお話されて内容をきいて、こちら側も思わずもらい泣きしてしまった・・。どうやら、これからできるその施設には、動物と子どもたちが触れ合う場所ができるそうだ。これはその町で初めてのことになる。動物園もない町にこういった場所ができるというのは獣医さんとしてとてもうれしい。・・・それだけではなく、よくよく聞くと、捨て猫や捨て犬が集められる場所が、どこの町でも人目のつかない場所にあるそうだ。今回、この町ではそういった場所も今回の施設のなかに含めるように考えているそうで、これは全国にも例がないとのこと。子どもたちがそういった捨て犬やのら猫たちとも触れ合うことができることを喜んでおられるのだ。罪なき動物が人間の都合で飼われ、捨てられる。そういう闇の部分でも、傷ついた動物たちの世話をされてきた先生だからこそ、新しくできる動物ふれあいセンターに、このような機能がもうけられることに喜びを感じられたのであろう。きっと涙を流された先生には、これまで出会ったきた数々の動物たちの顔が浮んだのだと思う。先生は発言の最後に、「動物は事業としてはお金を生みませんが、こういう場ができることを本当に感謝しますので、大切にしてやってくださいね」と言葉を結ばれたのが印象的で、こちらも胸がいっぱいになった。会議で人が泣くという場面にはあまり出会うことがないが・・・真剣に仕事をされている先生からのメッセージが会場全体に伝わったのがよくわかった。プレゼンのときと違う緊張感が会場に伝わった。どうかいろんな方の思いを大切に、日本一の施設になって欲しい。ひとつの施設ができるときには、単なるハコモノの管理ではなく、その目的や存在意義を大切にし、人々に愛され続ける場になっていかねばならない。いい勉強をさせていただいた。
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by mahsa1203 | 2012-10-31 00:30
なぜシャッターを押すのか
写真を撮ろうと思うときは、どんなときか。珍しいもの、風景、人々・・・。この世には、被写体になり得るものが無数にあるが、一時よりもシャッターを押す回数が減った。いつでも撮れるものは今じゃなくていいという感覚もあるからだ。一方、最近シャッターを意識して押すのは「忘れたくないもの」に出会った時である。この感覚を忘れたくない、これに出会った瞬間を忘れたくない、ここにきたことを胸に刻んでおこう。これを見たらこうしよう。・・・自分に何か新たなパワーを与えてくれる被写体に対しては、手先が動く。そして、あとで1枚づつ確認しながら、そこに立っていた、歩いていた、考えていた、話していた自分を思い起こし、そのときの感動を蘇らせ、再び元気になる。私にとっての写真とは、自分が歩いた軌跡であり、そこにいた、その時間を過ごした自分との対峙なのかもしれない。そして、いつしか、足腰が立たなくなる日がきても、それらの写真があることで、心の旅ができるのかもしれない。いずれにしてもより確かな記憶のための「記録」が自分にとっての、写真を撮るという行為・・・のようである。
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by mahsa1203 | 2012-10-30 06:06 | words
コミュニケーションの両替も忘れずに
海外に出るときに、通貨を両替するが、最近思うのは、お金だけでなく、その国に合わせたコミュニケーション術を用意することも大切だということ。お金はモノの売買~商流~に不可欠であるが、コミュニケーションは商流も含め、外交にも文化交流にも、すべての国際行為に不可欠である。(もちろん海外だけではないが)その国で使えるお金を用意すると同時に、その国でどうすればコミュニケーションがうまくいくかを予め考え、武装しておくことは、よく考えれば当たり前であるが、そこは忘れて自分本位のままであることも多いのでは。その国の言葉で話せるようにするのも、もちろんとても大切であるが、もし、言葉が充分に話せなくても、その国の国民性や歴史・・様々な背景を知っておくことで、相手がどう反応するか、どうすれば喜ぶか、どうすればうまく通じることができるか が見えてきて、それなりに対応することができるようになる。訪れる国が違えば、かける言葉、表情も変える必要がある。またその国の人が、日本人をどう見ているかを知っておくこともコミュニケーションに役立つ。島国だけにずっと住んでいると、比較的同質な他人との接触に慣れてしまい、相手に合わせたコミュニケーションをとるということを忘れがちである。海外に限らず、旅をするときにはコミュニケーションの両替も怠らずにしておきたい。
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by mahsa1203 | 2012-10-29 05:00 | words
歴史と地元を重んじる、地方の専門店に学ぶ
台湾へ行けば必ずテレサのお墓参りをすると同じく、ユーロ圏にきたら、無理してでもベートーベンに会いにいく。そう、生家を訪ね、インスピレーションを得るために行くのだ。ドイツでの滞在時間が半日あれば、電車を乗り継いで、ボンを訪ねるのがちょっとした習慣のようになってきた。フランクフルトからだとマインツで乗り換えるのが一番効率が良い。今回、発見したのは、ボンの町は戦前まで首都であったということもあるが・・・日本でいえば京都に近いのかも・・・この町が古都として素晴らしい魅力を備えているということ。その町のもつ歴史を大切にしながら、いきいきと現代人が暮らしている。唯一無二の楽聖を生んだこの町には、大都市と同じデパートもあるが、歴史あるクラシックな専門店が軒を連ねている。また、広場にはマーケットが並び、人々は昔ながらのこの市で買い物をし、帰宅するのである。そんななか、ベートーベンの生家の並びにみつけた帽子専門店。男性用、女性用とそれぞれ別フロアをもっているほど、立派すぎる店構えである。ドイツ人は帽子が必需品なのかもしれない。いろんな商品を見せてもらい、店のスタッフといろいろ話してみる。いかにボンが素晴らしい町であるかを彼女は語ってくれる。そして階段に開店同時の店の写真が展示されており、それについても誇らしげに解説してくれる。19世紀末の写真がこれだ。「モノクロでしょ。」さすがにベートーベンが生まれた時代からは200年近く後であるため、写真は存在したが、なんとも味わいのある、歴史を感じさせる貴重な一枚である。歴史を大切にし、時代が変わっても地域に愛される老舗。こういうお店こそが、「専門のお店」。「これをかぶったら、ボンを思い出してね」ひとつの帽子を購入すると彼女はそういった。ベートーベンと帽子屋さん。私の父は帽子職人であった。なぜかそんなこともあいまって胸が熱くなるボンのベリーショートステイ。大切にしよう。こういうお店。フランスにもドイツにも地方に活力を感じる。日本もそうなりつつあるか??
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by mahsa1203 | 2012-10-28 07:59 | words
ARE YOU YAKUZA??
異国での夜間外出は気をつけるようにしている。タクシー移動も国によっては危険である。パリ着の電車の大幅な遅れにより、前に登場したパリ在住のご婦人のアドバイスにより、22時すぎると地下鉄も危険だから、タクシーのほうが良いといわれ、東駅からタクシーに乗る。正直ドキドキである。夜のパリの街、しかも車で走るような場所には馴染みがないため、どこを走っているのかわからないという怖さがある。そして、ドライバー。体格のいい黒人であった。アジア系だとなぜか安心するが、なぜか緊張してしまう。この人は絶対にいい人に違いないと思って乗るが、着くまでは心配でたまらない。最初、ジョークを飛ばしていても豹変するかもしれないし、こいつ、この土地のものじゃないな、しかも若くはないけど一応オンナだし・。と思って、どこかに誘拐されたり、日本人ということで強盗ということもあるかもしれない・・・。と、平静を装いながら、頭の中は、無事ホテルに着くように、このドライバーがいい人でありますように、そんなに飛ばさなくていいから安全運転でいってくれますように、事故に巻き込まれませんように・・・・といろんなことが次々浮かびて、知らぬ間にこぶしに力が入る。知らない道をずっと行く道中、ああ、最悪のことも考えておかねば。怖い気持ちを隠すためにいろんな会話を仕掛ける。日本人とわかると、SUSHI,WASABI、TAKITORIで盛り上がり〈パリではますます和食が大人気のようである)、ジョークも飛ばしているし、この人いい人かも?では、「どこの出身か?」と聴けばアルジェリアだといわれ、10年以上前パリの地下鉄でスリに遭ったがそのときの軍団がアルジェリアのグループだったとも思い出し怖くなり。。。。ああ、でもこの人はいい人でありますように。心臓は爆発しそうな感じであった。・・・・・・そんな状態で10分も乗っていただろうか、知らない町並みのなかに見覚えがある高層ビルが見えてきたので、「あそこ、あそこ。あそこへ行ってよね」というとドライバーは「わかっているよ。気にするな」といいつつ、ドライバーはミラーに映った私の顔を見て「ARE YOU YAKUZA?」といった。とても怖い顔をして、今にも刺しそうな勢いの形相だったようだ。「NO NO」生まれてこの方40云年、「あなたヤクザですか?」と聞かれたことはない。どうやら私が怖いと思っていたドライバーにとっては私のほうが怖かったわけだ。そうこうするうちに、無事ホテル前に到着。到着したのがこの上なくうれしく、お釣りはいらない。と多めにお金を渡したら「へ?NO CHANGE?本当に?」とまた驚き、大喜びした。いえ、無事に命を運んでもらったのでこれぐらいは・・・。という気持ちであった。誘拐とか強盗とか思って申し訳なかったが、私はYAKUZAだそうだから、お互い様か。異国の移動はいつも危険が伴う。幸運をいつも祈りつつ、充分に注意することだ。何事もリスクを伴うことを忘れずに。また、人は見かけで判断してはいけない。ま、そのシチュエーションだから仕方ないかと思いつつ、心でわびながらタクシーを降りた。降りたとたん、どっと疲れが・・・。
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by mahsa1203 | 2012-10-27 00:03 | words
10月27日分ブログは移動のため
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
10月27日朝の掲載分は、飛行機移動中の時間になりますので、予約アップしておきます点、
ご了承ください。このインフォメーションの後に掲載となります。
翌日分からは通常どおりの掲載です。
また、先日開催されました、愛の元気人ツアー ふるさとライブ IN ぎふのレポートも
ホームページに更新しましたので、あわせてごらんください。
http://www.mahsa.jp/mclubf10.html
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by mahsa1203 | 2012-10-26 19:31 | メッセージ
人生プラマイ以上になる!
間接的によく想定外という言葉を聞くが、「想定外だった」を言い訳にするのは、何様?何を知っていたというのか?と思って、その傲慢さに疑問が涌くこともある。人生はいつも、何がおきるかわからないのだから、想定外が当たり前だという意識がないと生きていけないのではないか。何がおきてもいいように、自らの世界を常に広げておき、どんな事態にあっても、自力で生きていけるようになっていなければならないのだと震災後、より強く思うようになった。私の仲間のブログのタイトルが確か「なにがおきるか わからないから」というものだったと記憶するが、若いのになかなか人生を悟っている方であると一目おきたくなる。何がおきるかわからない・・・けれど、できれば起きないでほしい、できれば想像のつく範囲で毎日が過ぎてほしい。と普通、人はそう考えるだろう。しかし、そうはいかないものだ。たとえば、今回のパリからの地方都市ランス行きの電車。行きは良い良い、帰りは怖い~♪と歌が出そうだが、帰り、突然予約をしていた列車が遅れる。しかもいつになるかわからないという情報。フランスはもともと母国語を大切にする国のためか、パリ以外では公務に就く人も英語を話さない。えらいこっちゃ!キップ売り場に並ぶ英語を話せそうな人を探して、とことん聞きまくる・・・。それから電車の乗り継ぎ、たらいまわし、行った先で次の電車が遅れる、ではこの方法で・・・。なれない異国の田舎町でのこの事態は、なかなかスリリングである。もし、今日電車が動かなければ、明日こうなって、これを延期し・・・最悪帰国には・・・いろんなシナリオを冷静に描く。いつのまにか、あの同時多発テロのときから、そのような対応力は少し身についたようだ。ようやく乗った最終列車TGV。これも遅れた・・・。1時間以上車内にて待たされた。そのとき、「日本人ですか?」英語で話しかけてくれたご婦人がいた。ああ、助かった。このご婦人は日本贔屓のベルギー人であった。それから彼女と隣の席に座り、電車が動き出すまで、また動いてもずっと話し続け、いろんな話で盛り上がり、遂には、彼女は京都に来た際、金閣寺で幽霊をみた?などの不思議な話も・・・。
ずっと話している間に、今回の電車の遅れも、彼女に出会うための「ギフト」だったのかなと思えてきた。
そう、彼女も「ギフト」の1日だと言っていた。結果、電車は予定よりも5時間以上遅れてのパリ東駅到着であったが、とても満ち足りた気持ちで、抱き合って分かれた。計画していた訪問先にはいけなくなったが、それ以上に面白い出会いがあった。想定外、意外・・・人生にはさまざまな「外」なる世界があるだろう。良いではないか。そのときにうろたえることなく、ぶれずに行動すれば良い。それにしてもフランスのストライキ!自由の国はときに自分勝手であり、いい加減であり、謙虚さには・・・・である。これも学習、ギフトである。
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by mahsa1203 | 2012-10-26 05:14 | words
パリの「流し」に学ぶ
パリが好きな理由のひとつは、アーチストにとって寛容な気がするから・・ということが挙げられる。メトロやRERなど鉄道では、駅の乗り換え通路やホームだけでなく、車内で演奏するミュージシャンうを見ることが少なくない。パリに初めてきた20年前、地下鉄の車内でおもむろにアコーディオンの音が流れ、時がとまったような不思議な感覚になったのを、今も覚えている。今回も、何度かミュージシャンに出会っているが、とくに先日日本国内で、アコーディオン専門の店を訪問してきたばかりで、あの両手エレクトーンのような不思議な楽器に興味深々である。アコーディオンは10キロはあり、自分もこの前持ってみたが、とてもとてもこれを肩にかけて、弾きながら歩くなんて、できそうもない。そんなことを、さも簡単そうにやってのけるトレインミュージシャン。ある駅で突然二人組みで乗り込んできて、3~4曲演奏したら、一人が紙カップをもってチップを集めるのだ。その間、もうひとりはずっと演奏している。そしてひと回りしたら、そのチップを二人で分けて、次の駅にはアコーディオンをバックに入れて、軽々持ち上げて、さっと退散していく。駅を降りれば単なる旅客である。このある意味スマートな彼らの登場~退場ぶりを終始観察し、毎日どれだけ電車にのって、どれだけ演奏して・・・これが専業なのだろうか・・・。いろんな想像を膨らませる。「トレイン・アコーディオニスト」なるタイトルで映画でもできそうな感じだ。ある電車では、いきなりマイクを持ったイスラム系の女性が乗り込んできて、ムスリムのような曲?を謳い始め、驚いた。しかし、乗客は誰も驚かない。そこに誰が演奏していても、自然の光景なのだろう。パリには光と闇がある。トレインミュージシャンの姿を見ていて、子どもの頃によく聞いた「流し」を思い出し、彼らにとって音楽は生きる糧であることも強く感じる。それにしても、10キロ以上のアコーディオンを担いで、軽々演奏そしてまた移動移動・・・なんて、自分にはできない・・。なかなかなハードワークに脱帽だ。今日はどんな出会いが?短い時間であるのに、刺激が多すぎて人生観が変わるような町である。
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by mahsa1203 | 2012-10-25 05:03 | words
ルーツの地で自らを点検する
2年ぶりのパリ。いつも訪れる季節は朝が遅い。限られた時間だけに、早朝からとっととホテルを飛び出したいのであるが・・。。時間が限られている旅人にとって日の出j時間は大変重要である。何かと安定感、信頼性の高いドイツを経由し、パリに到着すると、まったく違う空気を感じる。繋がっているのに不思議なのだ。そして、訪れるたびに実感するが、アフリカ大陸やイスラム世界がとても近いことを感じる。そしてかなり西に来たという感覚もする。日本にいるのとはまた違う、多種多様な人々に出会い、そこに小さなひとりのジャポネが立っているという感じだ。フランスという国はありがたく、日本の文化性・芸術性を高く評しているため、日本人が堂々といられる気がする。もちろん彼らはシノワズリー(中国趣味)も好きなのであるので、日本だけを贔屓しているということではない。さて、わが La Grande Roueのはじまりは、このパリである。20代から時々この町を歩き、この空気を吸い、枯葉を拾い、歌を口ずさみ、自由の歴史をたどっている間に、34歳の5月、突然に涌いてきたわが人生のコンセプト。あれから、もうすぐ15年になろうとしている。時代は大きく変わった。世界の中の日本も変わった。人間の方はどうだろうか。永遠に古くて新しいパリであるから、時代が移っても、本とに何が不変なのか、真なるものについてはわかっている町だ。そこで、久しぶりに身をしばしおきながら、自分の行き先を考えてみる。今回の訪問目的地のひとつは、世界最大の食のエキジビジョンSIAL.世界からパリに人々が集う。他のどこの町とも違う、新たなカオスの匂いを感じるこのパリで、15年に向けた自分のこれからをきちんと見極めよう。グラン・ルーの母なる町の朝は、とても遅い。待ちきれないため、暗いうちから出発をする。
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by mahsa1203 | 2012-10-24 02:53 | words
手紙で再び繋がる、左右後ろの関係
町を歩いていたり、電車に乗っていたり、日常生活のなかで、ふと何かのきっかけで最近会っていない人や、何かの約束がそのままに成っている人や、あれでよかっただろうか・・と過去のさまざまなことが気になる。
すると、だんだんそのことが頭の中を占有し、何か行動を起こさなくてはと思うのである。先日も、電車のなかで、ある女性のことが気になり、お子さんが生まれたはずだけど、何もできていなかったな、いつも不義理いたな、あのときは申し訳なかったな・・・などなど、さまざま涌いてきて、このままに放置するのが嫌で、帰宅後、手紙にその思いを素直に書いて、投函した。メールアドレスもいつの間にかわからなくなり、かといって、このような気持ちはSNSでということでもない。しっかり心をこめて手紙を書き、さまざまなご無礼を自分なりに詫びた。投函したらしたで、無事に届いただろうか、今ごろ馬鹿じゃないの?と思っていないだろうか?といろいろ気にはなるが、ま、自分としてはすることしたからいいじゃないか、と忘れかけていたときに、ゆうパックが届いた。お手紙と熊本のお土産のセット。送り主はその手紙を送った女性からだった。10年前と変わらぬ、純粋無垢な文面に、思わず安堵し、微笑みも出た。しっかり子どもと旦那の写真も同封され、幸せに過ごしておられることが伝わってきた。手紙を出したことを喜んでくれていたことが何よりであった。いろんな関係を放置しがちの日々。本当に大切な人や、何か気になることがある人には自分から行動しておくのが良い。人生終わるときに一気に清算することは無理だろうから、気付いたときにひとつひとつ。前に進むだけではなく、ときには左右後ろの関係の点検も必要だ。それにしても、最近ますます、手紙っていいなと思う。
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by mahsa1203 | 2012-10-23 02:39 | words


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