つれづれなるままに...
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人身事故の裏側、世の中の光と闇をみる。
この2~3年、JRや地下鉄各社の駅の電子掲示板に頻繁に現れる「人身事故」の文字。正直、そのたび、いい加減にせえや~と心の中で叫んでいる。不慮の事故もあるため、一概にはいえないが、もっと意識したらこの事故は減らすことができるはずである、駅の転落フェンスの設置の問題ではない。各自の判断、行動、不注意が社会にどんな迷惑をかけるかを考えてほしいのだ。でも、それを考えることができるならば、すでに行動が変わっているだろうが。また電子掲示板があるため、人がこの文字・現実に慣れて、人身事故が身近なものになってしまっているという危機感も個人的にはもっている。人身事故・・の裏側にある事実をこのたび、仲間から聞かされ、ショックを受け、本当に皆、もっとしっかりしようよ!と思っている。
その友人との話の一部をここに書く。彼は手作りろうそく店の店主である。あるお客様から注文があって、いろいろお話をきいたという。そのお客様の職業は「おくりびと」である。対外的には「葬儀社に勤めています」ということになっているそうだ。その方たちは、なんとその電車の人身事故の事故後の処理係としてお仕事されている方であった・・・。たとえば都内で人身事故で電車が止まったとする。お客たちは駅の係員に「いつ動くんだ~、どうしてくれるんだ~」駅の係員さんも本当にお気の毒である。その間に、緊急連絡が入り、その処理係の方たちが一斉に現場に出動し、短時間になんというか、その事故後の現場の処理をされるとのこと。迅速に片付けなければ電車の運行が再開できないため、迅速性が求められる・・・。どんな人身事故があっても1時間で電車が再び運行できるのはこういった方の働きがあってのことだとういう。ろうそく店の店主によると、その処理係という方たちは、各駅に待機されているとのこと。そうじゃないと、確かにこの事故の多さには対応できないであろう。
飛び散った人間の・・・を拾い集めたり・・・言葉にすることも考えてしまうようなことを、日々やっておられる
方たちがいるのだ。そういう仕事をする人たちが存在するのだ。人身事故の事後処理はいろんな方の手によって平常に戻されているのだ・・・。「私たちには、そういう仕事はできないね~。本当に本当にえらいね。本当に本当に尊敬するね・・・」言葉も出ず、ろうそく店の店主の話を聞きながら、いろんなことを思った。
命を無駄にするとどういうことになるかということと、一方で、そういった現場で働いておられる方がおられる、人が嫌がる仕事をしてくださる方がいるという現実・・・この両者を思ったときに、胸が苦しくなってくる。
「それが役割ですから」とおっしゃっていたそうで、それも心うたれる。さらに、最近は孤独死の処理・・(言葉が・・見当たらない)も増えており、その仕事も切ないとおっしゃっていたそうだ。ご遺体の遺族がわかったとき連絡をする。そのとき「捨てといて~。その人は生前さんざん迷惑かけられたので~」という信じられない言葉が返ってくるのだそうだ。そんな無縁仏さんのためにろうそくがほしい・・といって、その方たちはろうそく店に注文しに来られたという話である。人はいろんな方に支えられている、人が嫌がる仕事をしている人にこそ、心から感謝しなければならない。でもそういう仕事ほど見えないところで存在しているのだ。世の中とは光と闇がある。そういうものだ。そういうことも知っておきたい。そして、すべての人に感謝しながら、いのちを大切に、そして周りを大切にしていかねば。NO MORE 人身事故!
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by mahsa1203 | 2012-07-31 01:03 | words
がんばれソマリアのアスリート!
オリンピックの開会式は、地球儀をぐるぐる回したり、年表を思い出してみたり、いろんな顔を浮かべてみたり・・・と世界一周しながら、「世界の今」を知るのにいい機会で、この入場行進が好きだったりする。前までの大会までにはなかった、選手自身が会場の様子を撮影しながら、行進する国もあったりで時代も変わったと思う一方、女性が初参加の国があったり、初出場の国の選手が民族衣装を着ているのを見て、昔はスポーツウェアで行進していたことを思い出したり、イギリスから独立した国がいかに多いかに改めて驚いたり・・・選手の数と経済力を実感したり・・・。それはそれは興味深い。そのなかで、選手の登場を待っていた国があった。それはソマリア。先月シカゴへ寄った際、空港から市内へ向かうときのタクシーの運転手がソマリア人であった。彼と移動中、会話をした。ソマリアといえば内戦や飢餓のイメージがあるが、その運転手によると自分が住んでいた町は海もキレイでいいところだが、確かに国全体は良くない状況にある。政治のせいで、経済もめちゃくちゃだといっていた。だから家族でアメリカへ出てきたのだと。熱心なムスリムである彼は車中で私に暗記しているコーランを読み上げた。心に沁みるお経であった。貧しいから祈ることで、今のくらしに感謝し、いろんな不安にも打ち克てるのだという。その彼のことがずっと頭に残っていた。内戦したり、貧しい国はオリンピックには出られないのでは。だからソマリアの選手が登場したときにはなぜかホッとした。人数は2名か3名の少数での参加であったが、出るか出ないかは大きな違いである。初参加の国の人々や後進国の人々は、おそらくこのオリンピックに出ることで、世界観が変わると思う。スポーツ選手としての自覚はもちろんであるが、国が変わるための必要性や平和についてきっと思いを強くすると思う。選手はこの会場で記録を残し、メダルを獲得すること以上に、参加したあとの行動がとても重要なのだ。それだけ国の代表である選手の存在意義は大きなものだと思う。ソマリアの選手にもぜひがんばってほしい!シカゴのあのドライバーを思い出しながら世界の平和を祈り、エールを送る。
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by mahsa1203 | 2012-07-30 04:45 | words
国の力と「INSPIRE」
イギリスはやはり誇り高き国である。そして人権の国である。そしてかつて世界中に植民地をもち、世界制覇を目指した、最強の時代の良きところを残しつつ、現代社会において独自の立ち位置をキープしている賢い国である。前回の北京オリンピックの開会式には涙が出なかったが、今回は何度も涙を流す場面があった。笑いあり、やさしさあり、思いやりあり、そしてメッセージ性に富み・・・・。マネーパワーでのサプライズではなく、歴史の重さや国民の誇りから伝わる静かな感動である。女王の存在感はあまり大きく、この記念すべき年に世界で唯一、3回目のオリンピック開催を実現できたことは、素晴らしいことだ。このスポーツの祭典は戦争を経て、ますます経済と密接な関係をもつようになったが、近代オリンピックの祖であるこの国にとっては、本来のオリンピックの意義に立ち返り、人類の次代への大きなメッセージを残すことが使命なのだ。今回のテーマは「INSPIRE」。このイベントを通じ、次の時代を生きる人たちに、この社会で生きるということについて刺激を受け、鼓舞され、何かをしようと発奮してほしいのだという。確かに今回の開会式にはそれを意図するメッセージが込められていた。INSPIRE・・・日本にもこのことは必要だ。鼓舞されることで、何か新しいものが生まれる。それにしても、ポールマッカートニーが最後に「ヘイジュード」を演奏し、会場中で大合唱したあの場面は象徴的であった。イギリスは経済のリーダーとして、次は大衆文化の担い手として世界に君臨してきた。そして今度は・・・。成長した国の存在意義をかいまみる素晴らしいオープニングであった。歴史あるものは堂々としている。国の力とは何かを考えさせられるいい機会となった。世界中がINSPIREされる素晴らしいイベントになるように。
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by mahsa1203 | 2012-07-29 06:00 | words
ライフモデルとしてのシンデレラ的生き方
実際に会ったことはないのだが、いつの間にか、自分のなかに入り込んでいるひとりの女性がいる。さまざまな瞬間、場面で遭遇する人。何度もメディアで見たり、偶然作品を目にしたり・・・。エディットピアフやテレサテン、マザーテレサ・・・に加え、自分の内面に棲む人、エビータ。別にそうなりたいとか、無茶な野望を抱いているわけではなく、皆の憧れの人生を短く太く生きた人として、そして今なおシンデレラ的ライフモデルであることを凄いと思っている。偶然流し見していたスペインのニュースで、7月26日が没後60年と報じられ、その特集に思わず釘付けになる。生きた時間の倍近い時間が経過した今でも、アルゼンチンのヒロインとして愛されている伝説の人なのである。一昨日が命日だったのか・・。きっとブエノスアイレスでは盛り上がったことだろう。あのレコレータのお墓にはたくさんの人が花をもって訪れただろう、NYのブロードウェイでも賑わっていただろうかと世界のさまざまな場所が浮んできた。この春訪問した際に撮った壁画の写真。世界でももっとも道幅が大きいとされている7月9日大通りにあるビルに描かれたその横顔が気になっていた。有名なアルゼンチンの女流歌手の絵なのかな~、誰の顔なんだろうか。とずっと疑問だったが、この絵はなんと演説するエビータを描いたものであると知った。ビルは社会開発省の本部であるらしい。彼女はアルゼンチンの政治のシンボルでもあり、フェルナンデス現大統領もその影響を受けたに違いない。それにしても、たった一人の生き方が社会の皆の憧れ、勇気、夢になることは本当に素晴らしい。エビータは、やっぱり永遠のシンデレラである。本日28日にオンエアのわがラジオ番組「愛の元気人」でも、エビータの名曲「アルゼンチンよ、泣かないで」を流すことになっている。没後60年、永遠のヒロインに思いを込めて 
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by mahsa1203 | 2012-07-28 01:37
自家発電できる人になる
共感でき、尊敬する方との時間は自分にとって最上の時間である。その方とは蕎麦屋でお会いするのが通例になってきたので、「あなたのそばサミット」と銘打って、時々お会いするのが楽しい。3時間馬鹿話も含め、交流させていただき、その日のお互いの収穫となったのは「自家発電できる人間になろう、そういう人を増やそう」ということである。お互い、組織やそこに関わる人々を元気にする仕事をしているせいか、今どきの社会、組織、人に対する見方にも共通するところがある。元気がない、うつろである。自分で何かをしようとしていない。他力本願である。・・・本来は能力があるはずなのに発揮されていない・・・悲しい事態が蔓延し、それが日本の不元気につながっている。今、電力含め、エネルギー問題が大きく取り上げられているが、もっとも問われなければならないのは、人自身のエネルギーである。元気ある、意欲に満ちた人には全身にパワーがみなぎり、世の中をも動かす原動力になっていくのである。人自身にエネルギーがないのに、何ができるというのだろう。私は体一つで生きていけるようになりたいが、まだまだであるが、生きる限り自らがパワーを発し続けるよう存在として生きていきたい。以前、「元気のタンク」と呼んでくださった方がおられたが、できればずっとそうありたい。なかなかそうあり続けることは難しいが。生きることは、何かの役に立つということである。だから、エネルギーを発し続けなければ、誰かのエネルギーになることができなければ、存在自体が無意味なのである。これからの講演や講義では、ここをもっと意識して、皆のエネルギーになれる存在に、そしてそれに共感し、元気に自発的に生きていく人を増やしていけたらうれしいと思う。蕎麦サミットは生きるために必要な貴重な議論ができる場である。うれしい。他にも収穫があったが、それは数日前のブログに書いたとおり、拍手をもって送られるような最期を迎えられるよう生きるということだ。
いずれも容易ではない、日々の葛藤をl越えた自分を信じた研鑽、不断の努力なしには得られない。
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by mahsa1203 | 2012-07-27 00:13 | words
会いたい人、会う人の基準を持ち始める
おかげさまで「久しぶりに会いませんか?」とか、さまざまなお誘いもいただき、また自分から気になる方にはお誘いをさせていただくことも多いが、近年は、時間があれば誰とでもとは昔も思ってはいなかったが、最近はより一層、貴重な人生の時間を厳選した相手と、あるいは自分と向かい合って過ごさないと人生もったいないと思うようになり、また会食が続く生活は異常であると、生活習慣を改めようと思うようになった。確かに人に会えば、何かしらの情報を得ることもあるが、でもやっぱり会う相手を選ばないといけないと思うようになっている。会いたい人の条件はいろいろである。大好きな人、お世話になっている人、尊敬する人、ほっておけない人、勉強させていただける方、長らくご無沙汰していて近況を確かめたい人・・・などなど。会いたい人の場合は、理由よりも「その人自身に会いたい」という気持ち、衝動がある。一方、会いたくない人は・・・自慢話や、肩書きトークしかできない薄っぺらな人、基本的にケチな人(いろんな意味においてである、金銭の問題だけではない)、自己中心の満足だけを中心にする人、一緒に飲めばいろんなことがチャラになると思っている人、何か仕事のネタを引き出そうと思っている人、自分にでなくてもよい話題ばかりする人・・・など。要するにご都合の良い人ということであろうか。こういう場合にはさまざまな対策?が必要である。気をつけなくてはならないのは、自分がその「会いたくない人」にならないことだ。最近、本当に人に会うというのはパワーが必要だと感じている。年々そうなっていくのかもしれない。だからこそ、人生の時間がもったいなくない相手との時間を大切にしなければ・・・。
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by mahsa1203 | 2012-07-26 01:57 | words
海を渡った偉人たちに想いを寄せる
ニューヨークの知り合いから、「野口英世と高峰譲吉のお墓がニューヨークにあるんですよ。次回ご案内しましょう」と言われ、野口英世は小学生の頃から偉人伝のような本を読んで知っていたが、高峰譲吉は初めてきく名前だった。どうやらアメリカで活躍した薬学・工学博士でアドレナリンの人工抽出に初めて成功し、タカジアスターゼを発明、三共製薬を日本で作った方だそうだ。明治から大正の時代にかけて、アメリカで活躍したとは素晴らしい。はて?野口英世はアフリカで黄熱病の研究中に亡くなったはずなのに、なぜアメリカにお墓が?きいてみると、野口博士は日本からまずアメリカにわたり、ロックフェラー研究所からアフリカに派遣されたそうで、博士のアフリカでの客死をきいたロックフェラーがその偉業をたたえるため、特別にニューヨークに墓を造らせたそうだ。伝染病で亡くなったので、遺体はその場で荼毘にふすという決まりになっていたところを、ロックフェラーは特別なお棺を作って、密閉をしてアメリカに送らせたという。さて、そのお墓に出向いた。NYの郊外、ブロンクスの中にある広大な富裕層のための墓地である。野口博士も高峰博士も母国には帰ることがないまま生涯を終えたが、それぞれ日本人として誇りに思う素晴らしい発見、仕事をされた。海を渡って、いつもどんなことを考えていただろうか。このおにぎり?のような不思議な墓石に向かいて、子どもの頃読んだ野口英世のことを思い起こしていた。外に出たがらない、出なくてもネットでわかるというらしい今どきの日本の若者の出不精を憂いながら、外に出ないと体験しないとわからないことがあるのだと、改めて思う。それにしても、ロックフェラーが作ったという墓石は個性的というかユニークな形である。世界の人類のために生き、死んだ・・・勇気あり、利他の心をもつチャレンジャーが時空を越え、称えられているのである。日本人は凄いよ。誇りと自信をもって生きよと背中を押される気がした。
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by mahsa1203 | 2012-07-25 04:47 | words
「評論」という仕事は必要か。
よくビジネスの会話のなかで、「評論家になってはいけないよ」という言葉を聞いた時代があった。自分がやりもしないのに、人のことをえらそうにいうな。ということであろう。よく芸術や文芸作品について、その研究をされる専門家の発言や著述を拝聴・拝見することもあるが、確かに評論家とは何だろうかと思えるところがある。たとえば1枚の絵を鑑賞するとする。それに対し、評論家はその作家の生い立ち、その時代背景、他の作品などとの比較分析などから、いろんな説明をしてくれる。それは確かにそうかもしれないと思うが、その解説がなければ人は理解することができないのだろうか?私は美術館に行くとき、あまり解説を見ないで直感的に感じることを楽しみたい方だ。そして後でその作家の歴史を事実として理解したとき、だからそうなのだ。と自分なりに解釈するのが楽しい。評論家が、作家の思いをそのまま正しく伝えてくれるならばそれはそれであるが、それは不可能であり、あくまでも第三者の目で、しかも左脳の働きによるアウトプットなのである。音楽や美術を言葉で理解しようとするというのは人間的な才能なのであろうが、評論家は確実か?正しいか?という疑問はどうしても消えないのだ。評論する人よりも、創り、演じる当事者のほうにより共感するせいかもしれない。今度、評論家の歴史を調べてみよう。と、芸術作品の解説番組をみていて、違う興味が涌いてきた。ちょっと待てよ。政治評論家という職業もあったな、これは芸術評論家よりは私にとっては必要である。意味不明・理解不能な世界をわかりやすく教えてくれるならば役にたつ。でも、それも確かさはよくわからないが・・。
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by mahsa1203 | 2012-07-24 00:12 | words
いい店の条件は「一定価値」の提供
時々土曜に顔を出す神田にあるお店。サラリーマンの町なので平日はどこの飲食店も賑わっているが、土日は静かで、別世界。売り上げ的にも厳しいはずなのに、それでもがんばってやっている店には、経営への維持と意志と覚悟があると思っている。そのよく行く店は、実は人には教えたくない店である。メニューには尽きない工夫があり、お値段は神田プライスで、接客も気持ちよい。美味しくて安いというのは、リピーターを作る大前提である。さて、久しぶりに顔を出すと、スタッフの顔ぶれが変わっている。店長もいない。なんとなく、もうこの店に彼はいないんだ。と瞬間で気付く。人が代わると店の空気が変わるのだ。「あれ、いつもの店長はいらっしゃらないんですね~」とたずねると「はい、新しい店ができてそちらに移動になりました。すみません、ぼくら○○と申します。いたりませんが、引き続き宜しくお願いします」といってくれたのには驚いた。その店長を贔屓にしていたのは間違いないが、彼のいいところを引き継いで来られた後任。ちょっと安心する。いつもどおりオーダーをして、美味しい時間をいただく。味も前と変わらない。しばらくすると「これ、前の店長が今いっている店です。○○にありますので、こちらも宜しくお願いします」と、チラシをもってくる。さりげなく自社のほかのお店も宣伝できるとは大したものだ。気が付けば、店のスタッフといろいろ会話もすすみ、前通っていたときと同じようないい時間を過ごさせていただき、気持ちよく店を出る。前の店長同様、店の外まで来て見送ってくれる。「がんばってね、また来るわ」というと、とてもうれしそうであった。店長が変わっても、同じ価値を提供できる企業の力は凄い。商品は食材と技術で一定の価値を提供できるとする。接客は人と教育である。人は食材以上にそれぞれ違うため、一定の接客力を提供することは難しいが、そこをきちんとできる店は、選手交代をしても、お客様に満足され、リピーターになってもらえるのだと思う。がんばれ両店の新店長!
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by mahsa1203 | 2012-07-23 04:49 | words
そろそろ脱・カタカナコミュニケーション
たとえば「ガラケー」「スマホ」「デパチカ」・・・は英語ではなく、造語された日本語である。日本人はひらがな、漢字に加え、カタカナを常用することに慣れてきた。そして、アメリカに憧れた戦後の高度経済成長期より、さまざまな考え方や行動が「英語」でもたらされ、それをカタカナに訳して、何十年もそのまま使い続けている。しかし、そのカタカナの意味を問うと曖昧だったり、単に雰囲気、イメージで使っていることもあり、言葉とは意味を伝えるものである以上に、イメージを伝えるものになったのかと改めて考えさせられる。もちろんオノマトペのように、日本語ならではのイメージや印象、場の様子を伝えるユニークな表現もあるため、これはこれで効果的に使えば良いと思うが、意味を伝えなければならないときにそれを考えずに使い続けることは果たしたどうかと思うようになった。そんなことをいってしまえば、私が大切にしたいと思っている「コミュニケーション」自体が、カタカナであり、これもなんとなく考えなく使っている言葉である。だからいろんな人の解釈も学ぶようにする。最近は、自分の職業をなんというか考えたりもする。本当は「作曲家」「作家」など「家」が付くほど専門的な生き方に憧れるが、かといっていい表現が見当たらない。これまで13年間「コミュニケーションクリエイター」、さらに「ハッピーコミュニケーションクリエイター」なんて言ってきたけれど、この希薄なカタカナ社会に埋もれたくないという気持ちも芽生えてきた。ではなんと表現しようか。いろいろ考えてみる。では「結人(むすびと)」というのはどうか。最近は、意味が通る、わかる表現、なるほどと思っていただける伝達というものをもっと意識しなければと思い始めた。カッコイイとか、トレンドとかのふわふわの言葉だけでなく、自分にしかできない、しかもわかりやすい表現。それを考えると、脱カタカナもそろそろ卒業が良いかも。・・と同じようなことを、広告業界で活躍されてきた著名コピーライターさんもおっしゃっていた。もうカタカナは要らないと。日本の言葉をもっと大事にしようよ。わが国のコミュニケーションをもっと大切にしようよということだと理解し、共感している。
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by mahsa1203 | 2012-07-22 06:01 | words


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