つれづれなるままに...
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「長く使う」は素晴らしきこと
仕事先で、人に会い、お互いに携帯電話にお互いの番号を登録しあう。そのときに、相手の方が、「いやー、スマホじゃなくてよかった」と、喜ばれる。何が?なんで?スマホでもケータイでもどっちでもいいことと思うのであるが、その方いわく、「いやー、最近、人前で携帯出すのが恥ずかしいんです。これ、もう6年使っているのですが~」「いいじゃないですか。まだ使えるなら、使いやすいならば自分にとっていい物を使えば良いじゃないですか」というとホッとされた。私自身は、自宅にはスマホもあり、使い勝手も心得てはいるが、移動時に調べごとなしの、道具要らずの生活のほうが心地良く、そのほうが目にも良いと思っているため、自分自身は今のところ、持ち歩かない。(そのくせ、家人は持ち歩いているので、持っていれば必要に応じて調べ物をさせている)電話をするなら、むしろケータイの方は使いやすい。と、自分は自分、人は人。何をどうしたいか、何に重きをおくのかはそれぞれの都合、ご事情である。買い換えるタイミングで切り替えるも良いし、ずっと大切に前から使っているものを使い続けることも決して悪いことではなく、むしろ素晴らしいこと。その方が見せてくださった6年間使い込んだ携帯を見て、モノを大切にする方で偉いなと思った。でも、人と一緒じゃないこと、新しいものをもっていないことが恥ずかしいと思える・・というのは、なんだかおかしい世の中だなと思う。人の目は気にしなくて良い。新製品がいろいろ出てくるということは、基本的には企業側の都合であることも多い。もともとなくて困るものはない。体ひとつあれば、人は考えて行動できる動物なのだ。
・・・と、携帯が普及しはじめたころ、そのときも皆、氾濫する新製品情報に乗って、皆一様に行動し、「今どき携帯もってないんだ~」と言われていろいろあったあの時代と同じ流れを感じる。大衆の波にのらなくてよい、マスの中にいなくてよい。自分は自分。人は人。それぞれのタイミングで選び行動すれば良いだけのこと。この世の中、せっかく出会った道具を長く大切に使える人ってとても素敵だと思う。
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by mahsa1203 | 2012-05-31 04:57 | words
「もしも」のレクイエム
たまには、ドラマに出てくるようなお話を書いてみる。ある田舎に住む女子高校生の昔話。その頃、彼女は若い英語の先生に少し憧れていた。ちょっと二枚目っぽいところよりも、どこか暗い感じで、いかにも秀才っぽく、世間と一線を画しているような雰囲気が好きだった。だから、時々先生のお弁当を勝手に作って職員室に届けたり・・・と、ちょっとおませなところがあったようだ。卒業したら、もしや・・と勝手にちょっと気になっていた。卒業した彼女は、その憧れの先生と一度だけ食事につれていってもらったが何も進展はなし。そして彼女は小さな思い出を胸に地元を離れて大学へ・・。何年か経つとその先生がどこかの女性と結婚したと風の噂で聞いて、ちょっと寂しいような、自分がもしも相手だったら・・とか勝手に思いつつも、しょせんそんな男だったんだと勝手に気持ちの整理をし、また年月が経過し、彼女は社会人として仕事に熱中した。そしてまた何年か経ち、先生の自宅の住所を知り、大人になった彼女は昔ちょっと好きだったけど、今はお世話になった先生へ・・という大人の気持ちで年賀状を描き続け、人の夫、父となった先生からも返事が来て、それがちょっとまたうれしかった。何かの機会に一度、自宅に電話をしたことがあった。10年以上会ってもいない先生のおじさんになったちょっと頼りない声を聞いて、ああなんだか相変わらずだな~と思う反面、記憶をかっこいい昔のままにしておけばよかったとも思った。それからいつしか年賀状も途絶えていった。そしてまた何年か経過した。風の便りでその先生が何年か前に亡くなっていたと聞き、カラダから力が抜けた。なんだか虚弱そうだったから、きっと病気で・・そうか、あの電話が最後だったか・・・。それからまた月日が経ち、高校時代の後輩に久しぶりに会い、世間話をしているうちに、その先生の死因が自殺であったことを知る。へ?病気じゃなかった?「先生は、そういうところがあったから・・・」と後輩が語り、「そうだね」と言いつつも、話題をすぐに他へ切り替えつつもずっとそのことが頭から離れなかった。もし、何かが違っていたのなら、もしも、もしも、もしも・・・。・・・・人生には「もしも」とどんなに力んでみたところで、昔に戻ったり、やり直したり、生き返ることはないということもあるのだ。でも、「もしも できることならば」その憧れだった先生を、少しは成長した自分が何かの形でヘルプできていれば・・と彼女は思った。
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by mahsa1203 | 2012-05-30 04:31 | words
手軽に世界観を磨く
つい最近までブラウザーのトップを日経新聞から、NY TIMESに切り替えた。そうすることで、常に世界のニュースがしかも写真付で飛び込んでくる。英語力がそんなになくても大丈夫だ。見出しだけでも充分勉強になる。ペルーでの内線?シリアでの虐殺?アメリカの大統領選挙?そのなかにFUKUSHIMAの写真も時折登場する。また新聞の編集の仕方、ネット先進国のメディアのあり方やいろいろ見えてくるし、コミュニケーションの勉強になる。どこの誰が何で謝罪したとか、個人的な話題で盛り上がる小さな世界ではなく、今世界はどうなっているのか?ということについていつでも関心をもつことは大切だと、前に増して思うようになった。自分の住んでいる世界を自分次第で広げることができるようになったという点で、ネット社会の貢献度は大きい。その魅力を最大限に活用し続けたいと思う。また毎日NYのデパートから届くメルマガもトレンドキャッチに役立っている。どうでもいい人の話題に右往左往しないで、もっと眼を見開こう。世界観は本当に手軽に磨ける時代になった。でも、ネットに依存しない。あくまでも自分の経験ありきであることも忘れずに。
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by mahsa1203 | 2012-05-29 05:01 | words
「がんばって作ってます」の声に出会う場所
最近、地方の美術館に足を運ぶのがお気に入りだ。心のお宝探しにわくわくする。わずかの時間をみつけては列車に揺られ東京周辺へ、また出張先でも必ずチェックして企画によって時間を作り訪れるようにする。熟年世代のゆとり生活ぶりも、美術館に行くと発見できる。最近では美術館もレストランやショップを充実させ、海外の美術館さながらの充実ぶりであるが、とくに地方に行くと、その入り口付近で、近所の農家の人々がとれたての野菜や、作りたての惣菜を持ち寄り、美術館来場者に販売しているところもある。今回見つけたのは佐倉の川村記念美術館の入り口。花あり、野菜あり、地元のお菓子あり、調味料あり・・・。若い農家の男女が車でやってきて販売に来ている。まさに車内販売。「がんばって作っています」はつらつとしたその笑顔に、農家はどこもおんなじだな~と全国で出会った農業青年たちのことを思い出し、ついつい買ってします。ちょっと重くなったカバンを下げて都内へ戻る。今日観た絵画の思い出とともに、とれたての野菜をいただき、とても幸せな気持ちになる。「がんばって作ってます」あの清清しさ。いいな、いい。自信と元気が溢れている。都内から1時間ほどでみつけたプチユートピア。できれば次回、もっと静かなときに訪れたい。そしてあの「がんばって作ってます」の声にも出会いたい・・。美術館がそんな思わぬ出会いの場にもなってきている。
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by mahsa1203 | 2012-05-28 04:57 | words
「ひとり対談」を思いつく
わがふるさと岐阜がある中部圏は東西文化の両者を取り入れているが、とりわけ関西の「お笑い文化」については、子どもの頃から馴染みがあり、小学生の頃から土曜の昼は学校から早く帰って、吉本新喜劇を観ながら昼ごはんを食べたるのが習慣・・・そんな記憶が今も新しい。そしてそれから40年経過した今も、関西のお笑いが好きで、東京へ移り住んだころ、それらもちょうど東京市場で受け入れられるようになってきた。芸人の中でも、桂三枝が大好きで、年々好きになっている。若いころは面白いから好きであったが、本当に賢くなければ、思慮深くなければ人を笑わすことができないと教えてくれた一人ではないかと思っている。今、日経新聞にも連載が出ているがその半生を興味深く読ませていただいている。それと同時に、このたび名前が変わって    を襲名されるということで、この名前で親しんできた者としてはちょっと寂しい気もするが、素晴らしいことであると心から喜んでいる。そんなこんなではじめて落語のDVDを勉強用に購入する。その企画力、話し方、摑み、間、表情・・・コミュニケーション力という視点で笑いもせず、真剣に見入っている。落語以外にもそのバラエティに富むトークが挿入されているが、そのなかでひときわ興味深いと思ったのが「ひとり対談」。テレビ番組だからできる技であるが、その発想が新鮮だ。いつか一人対談もやってみたいな~。と思った瞬間 笑いがこみ上げる。笑いが人にできること。私がお笑い芸人になる才能はないけれど、ハッピーコミュニケーションクリエイターとしてその分野もしっかり勉強していきたいと思っている。「そこに居るだけで人が笑う」そんな存在になりたい。今も、上越新幹線で見かけた三枝さんの厳しい表情を忘れない。そんなときにも、人が大笑いするネタを考え続けているだろう。まさにそんなときも頭の中が「ひとり対談」なのかもしれない。
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by mahsa1203 | 2012-05-27 06:04 | words
見えなくなるまで見送る
接客業で一番大切なことは、実は帰り際のお見送りではないかと思う。久しぶりに出かけた店で食事をとり、なじみのスタッフと話をし、「じゃ、またね、元気でね」と挨拶して、店を出る。「ありがとうございました」そのスタッフはそういい、店の前に立ち、頭を下げた。店を出て、振り返るとまだお辞儀をしている。「もういいよ、忙しいんだから」といっても、まだお辞儀をして送ってくれている。早く見えなくならなくちゃと思い、急いで曲がる。レストランだけでなく、他のお店でも時々そのように送ってくれるスタッフがいる店がある。忙しいなか、外に出てきちんとお見送りができる人、また買い物であれば、外まで荷物をもってくれる人・・・接客の締めはやっぱりお見送りである。おかげで、とても気持ちよく、また会いにいかねば。と思うのである。接客はテクニックではない、心を込めているか。相手を思っているか。そのことが行動や表情ににじみ出るのである。それにしてもいい接客を受けて、幸せなひとときが過ごせ、それだけで1日が幸せになるものだ!私も大切な人を見送るときは、見えなくなるまで見送ることを心がけたい。
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by mahsa1203 | 2012-05-26 04:04 | words
仕事も「気づき」から
前のブログで、「気付き」について書いたが、日々の仕事の場面でも、改めて考えると「仕事は気付き」「気付きがすべてである」ということを実感する。人と話しているとき、いろんなことが気になる。気付く。「こうすればいい」「ああするとよいのでは」「ここを直したらもっといいかな」「この人とこうなったらこうなるかな」とまあ、いろんなことが次から次へと浮んでくる、涌いてくる。それがアイデアであったり、アドバイスであったり・・になるのであるが、何を聞いても見ても気付きがないと、この仕事はできない。いや、どの職業でも「気付き」がなければ成長、進歩はないであろう。決まったこと、いわれたことしかできないというのは、この目まぐるしい変化の時代には存在が危ぶまれる。気付くには、気遣い、気配り、気持ち、気合、気力・・いろんな気のパワーが働いていなければならない。そして気付くには、こうなったらこうなる。という想像力も不可欠である。
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by mahsa1203 | 2012-05-25 00:27 | words
幸せは「気付くこと」から
とある調査によると、なんでも日本は安全性では世界一の国だそう。確かに世界を巡る駐在員の知り合いもそう言っていたし、私自身も海外に出ると、安全という意味で日本はラクな国とちょっと前までは思っていた。最近は実はそうは思わないが・・。また、教育という面では世界二位だそうだ。ほんとかな。大学生が勉強もしないということを騒いでいるのに何が世界第二位だと思ったりしている。・・・・と、そんなことよりも、幸福感については世界で21位だそうだ。なんで?と実は思っている。こんなに豊かな国は他にないよ。海外に出たことがある人ならば、日本は恵まれている国だとわかっているはずだ。昨年だったか、ブータンの国王夫妻が来て、ブータンは幸せな国だと、日本人がうらやましがって、ツアー客も増えたといっていたが、日本人にとっての幸せはそこに行ったからみつかる・・というものではないと思っている。日本は豊かすぎ、情報が多すぎ、モノが多すぎ、次から次へと新しいものがどんどん出てくる・・・・とのことに国民が麻痺している。またモノが多い、情報が多いということに決して幸せを感じているというわけではないということも今回の調査でわかったりもするが。いずれにせよ、日本人は恵まれた国民である。そのことをもっと知ろう、もっと気付こう。そうしたら、「私は幸せです」と皆、笑顔で応えられるはずだ。と思う。ちなみに私は、毎日幸せだ。いろんな出会い、いろんな気付き、いろんな感謝のなかで、ぐるぐる生きていられるから。幸せはやってくるのではなく、自らが気付くこと。何も感じなくなることが一番の不幸だと、今回の調査結果を見て思っている。
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by mahsa1203 | 2012-05-24 04:09 | words
重い言葉を発することが出来る人
相撲は大人になってから好きになった。あの凝縮された緊張感に魅力を感じ、また本当に強い力士は、その試合のみならず、生き様を想像し、勝手に憧れてしまう。モンゴルからやってきた青年たちは、強い力士となってどんどん日本の相撲界の歴史を打ち破っていく。日本人としては、悔しいが日本の国技がグローバルに支持されていることに誇りももてる。現横綱も大好きで、なんときりっとした、いさぎよい、また深みのある、努力の人だと尊敬している。このたび、その先輩である37歳のモンゴル出身の力士が悲願の初優勝を遂げた。
インタビューでは思わず一緒に泣いた。「20年間、相撲を続けてきてよかったです」道とは、続けなければそこで終わり。続けるから道が開ける。ちゃんとやってきた人の言葉は重い。相撲は地道なスポーツだけに、ぽつりと語る力士の言葉はより一層、心にじんとくる。
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by mahsa1203 | 2012-05-23 04:27 | words
見上げてごらん 朝の空を♪
なんでもこの金環日食というのが、何箇所かで長時間に見られるようなことは平安時代以来だという。平安時代にはどのようにしてこのことが予告され、また記録したのであろう。専用メガネもなかっただろうし、明後日だよ、明日だよと騒いでくれるメディアもない世の中だったはずなのに。と、余計なことを思いながらも千年ぶりだと聞くと神秘的でまさに自分も宇宙のなかにいることを自覚し、周囲にならいて、ちょっとどきどきしながら空のリングを見せてもらった。そして、同じ時間、いつもなら時間に追われるように急ぎ早に歩いていく人たちが、どうかな?どうかな?と立ち止まりながら、また何かをかざしながら上を見あげたり、空が大きく見える近所の駐車場に上を見上げる人の小群ができていたり・・と、その様子がとても興味深かった。そしてある人からは「こちらでは金環は見えませんでしたが、部分日食を見ることができて今日はとてもラッキーでした」と朝の挨拶メールをいただいた。うれしいきっかけがなければ、空を朝から見上げる機会はまあないはずだ。だからたまに見上げた空はきっと大きかった。まぶしくて神秘的であった。・・と、月曜の朝が快適にスタートできたいい記念日。しかし、あの専用グラスは・・・明日以降どうなるの?次の来る神秘の日までタンスの引き出しにしまっておきますか?
これをきっかけに町おこしが進む南の島もあるという。みんな、やっぱりいつでも自然とともに、宇宙とともにあるんだな。これをきっかけに、下を向いて歩かないで、上を向いて元気にいきたいもの。
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by mahsa1203 | 2012-05-22 02:57 | words


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