つれづれなるままに...
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オリンピックがもたらすもの
ロンドンオリンピックが迫ってきて、さまざまなビジネスにもその影響が出てきている。とあるデパートでは早速「ブリティッシュ流」のライフスタイル、ファッションを提案している。ブリティッシュか~。今年の夏はそこここでこの言葉を聞くことだろう。この「●●流」という言葉は興味深い。ちょっと前は韓流で賑わったが・・。「●●風」というとなんとなく真似っぽい感じ。「●●流」というと、まさにトレンドであり、幅も広く、柔軟性のある響き。そしておしゃれである。ひとつのイベントで、新しい風が吹き始めることで、市場も活気付く。オリンピックの経済効果はそんなところにもある。そういう意味でもオリンピックはスポーツ本体での盛り上がりだけでなく、開催国の文化発信、経済発展に絶好の機会。ちょっとした非日常が普段の暮らしに色を添えてくれるのが心地よい。オリンピックはそんな良さもある。ふと、世界中の街角で、ジャポンやTOKYOスタイルなどがお目見えする・・そんな日のことを妄想するのも悪くない。さて、今日の午後はブリティッシュ風に紅茶とスコーンでもいただいてみるかな?
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by mahsa1203 | 2012-04-30 06:14 | words
「いじわるばあさん」健在
サザエさんといえば、「いじわるばあさん」。そう、長谷川町子ワールドは今も昔も大好きで、とくに漫画本「いじわるばあさん」は子どもの頃、エレクトーンのレッスン室の待合室にずらり全巻そろっており、幼いながらに昔風の描写、ストーリーに刺激を受け、「こんな、ばあさんホントにいるのかな~」と思っていたが、いつの間にかそんなことすら思い出す機会が何十年もなかった。なのに、なんと、新潟市内の某商店街にて。珍しい平日の露天・出店の様子を見たく、また美味しいとれとれ野菜、山菜を求めて立ち寄った際に・・・。どの出店も農家の方が直接販売されている。いくつかのお店を気分良く周り、新潟らしい春の恵みを購入して、そこでみつけたは地元の美味しそうな熟したトマト。これは都内で買ったら何倍の価格のはず。思わず手が伸びる。「これ、くださーい」と店のおばあさんに声をかけ、そのトマトの袋を差し出す。するとそのおばあさん、最初は「トマト?」と振り向き、こちらを観た瞬間、余所者だこいつは~と思ったか、一見さんには売れないと思ったのかわからないが、「あ、予約予約、予約の分」と言って、私からトマトを取り上げた。お客から商品を取り上げるとは、瞬間そのお祖母さんが鬼に見えた。せめて「ごめんね。予約のだったわ、ごめんね」とでもいってくれれば、それでいいし、「トマトはごめんね。でも、その代わりアスパラはどうかね?」とか言ってくれればよかった。明らかに「いじわるばあさん」の態度だった。農家の方であれ、店を出している以上は客商売なのに、もっと笑顔でできないのかな、とあの能面のような顔が頭から離れず、一気に購買意欲が失せて、その市場を去った。人によっては、そういう「いじわるばあさん」に遭遇して、その商店街、街が嫌いになるということだって、ありえる・・・。私自身はもちろんそんなことにはならないが、次の約束で人に会うまであの「いじわるばあさん」がずっと気になって不快感でいっぱいであった。さすがに、「ああいうばあさんには、何があってもなってはいけない」と思ってしまった反面教師的存在・・・。ただ今度行っても同じかどうか、確かめてみたい気も・・ちょっとある。そうじゃないことを期待して・・。
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by mahsa1203 | 2012-04-29 04:59 | words
プチ・ストレンジな風景
どの街にいっても、たとえ会議前であっても30分のゆとりがあれば、歩いて移動してみる。車で数分で行けるところをわざわざ歩くようにする。このことは、心とカラダの健康にとてもいいのである、携帯で写真をとることは日ごろ、積極的にしないが、それでもどうしてもこれは撮っておかねばと思い、手持ちのカメラがなく、やむなく慣れない携帯でのワンショット。だからちょっと傾いているが・・・。これは信濃川沿いを歩いていて発見した、新潟の一場面。こいのぼりが風にたなびいているところに、おかしなアートがある、通称バンブーハウスと呼ぶらしい。7月から開催の水と土の芸術祭に向け用意されている作品であるが、なんともこの景色がおかしい。「ここはどこなんだろう?」と、日常の中にある小さな非日常、またなかなか幻想的な風景・・・。つかの間のウォーキングでこんなものに遭遇することもある。ちょっとした感動をみつけることで、次の会議に向けてパワーが涌くこともある。時間にゆとりをもって遊び心を少しもって。いい仕事をするために、いい人生にするためにプチ・ストレンジな風景をみつけることは面白い。
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by mahsa1203 | 2012-04-28 00:51 | words
「創造力」と「想像力」
久しぶりに大スクリーンで映画を観る。本来はDVDやテレビで観るよりも、劇場へ行って、できれば一番前に座って観るのが大好きだ。今回、観たのは「アーチスト」。トーキー映画へと移行する時代、無声映画にこだわって生きるスターの物語である。映画では、無声ではなくこれからは音も楽しめるトーキーだ!という時代設定にも関わらず、基本的に無声映画として仕上がっているところが最大の魅力。さて、約2時間。ずっとそのダンディでハンサムな俳優の話し声を一度も聴くことがなく、その顔やスタイル演技だけで物語を追うことを楽しんでいた。もちろん彼の声を聴けたらそれはそれでいいが、ないならないで想像が膨らむ。実は無声映画が子どもの頃から好きだった。見たまま、聞いたままではなく、イメージが膨らむ楽しさ・・・そこに映画の楽しみがあったのだろう。映画業界の変遷について、表現方法の進化について触れながらも、無声で表現し通したこの作品は絶品だ。素敵な俳優たちの振る舞い、表情、そしてドラマチックな音楽、そこに出てくる犬だけがなぜか音付き・・・ではあったが。この映画を観て、無声映画とラジオの魅力を比較してみる。見て想像する、聞いて想像する。どちらも面白い。最近はテレビでもネットでも、そのままである、見えるまま、聞こえるまま・・。表現手法が進化する分、人間の想像力が活躍する場が少なくなるような気がする。見えない、聞こえない・・・この良さを改めて知るにはこの作品がおすすめだ。観たあとも、なんともいえぬ余韻が残っている・・。芸術はいい。表現者の創造力を、受け手の想像力で受け留める、高度なコミュニケーション活動だと思う。
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by mahsa1203 | 2012-04-27 04:06 | words
大人の平成生まれとの遭遇
はつらつ新入社員が、職場にいい影響を与える季節。みな、初心に立ち返り、背筋を伸ばす。それが春である。ある会社の新入社員と上司たちとともに会食する機会を得た。毎年、出会う新入社員、つねに自分より若いな!と、当たり前の第一印象であるが、年々「若いな」を強く思うようになってきている。それは、そう、新入社員も平成生まれ・・・という時代になってきたのである。「はい、平成2年生まれです」の答えに、こちらが一瞬たじろぐ。平成生まれの人たちと会話が続くか、昭和中後期?生まれのおばさんの言葉が「ふる~」と笑われないか?いやいや、コミュニケーションがしっかり成り立つか?と余計な緊張をしてしまう。しかし、その心配をよそに楽しく普段どおりの充実時間が流れていく。今どきの若者は~といわれるのとは違い(どの時代も年上のものはそのように言うのが時の習いであるが)、目の前の平成生まれフレっシャーズはとてもしっかりしており、素直で、心からい仕事をしようと思っている。人から尊敬される人になろうと思っている。そしてそのために努力をしようと思っている。これで日本の未来も大丈夫だ!と思った。どうかその気持ちをずっともっていてほしい。「人生はアンバランスなもんだ」など、30代の上司たちがいろいろアドバイスしているのを聞かせてもらう。いいぞ、先輩。いいぞ、後輩。こうして人は成長していくんだな。仕事をする社会人を見て、テレビドラマよりカッコイイといったのも印象的。間違いなく、これからは平成ピープルががんばる時代。昭和30年代生まれは、そのうちナツメロのような存在になっていくのか、もちろんそれもよし。改めて平成フレッシャーズがんばってね!その真っ白なキャンパスに人生という自分の絵を思い切り描いていってほしい。心から応援しています!
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by mahsa1203 | 2012-04-26 04:23 | words
ときには静寂を求め、動く。
リアル、バーチャルどこへ行っても要不要を問わずの自己満足げな情報があふれ出て、そこにいるだけで疲労感が増す今日この頃。移動中も、ふと目を綴じたくなることが多い。申し訳ないけれど、紙もインクもそこに費やす仕事の時間もすべて無駄ではないかと思ってしまうような・・・ま、人の嗜好も違うので、なんともいえないけれど、それでも見なくて良いものが目に入ってくるのはしんどいもの。パソコンの画面も同じこと。煽って煽って、脅して、批判して、何目線か知らないが、無責任な言葉や文字は本当に要らないと思う。1日パソコンに向かっていても静かに過ごすことができなくなってきた。
時には静かに生きたい。しっかり深く考えたい。最近そんなことをよく思っているからか、つい先日ふらり訪問した南湯沢の雲洞庵がとても印象に強く残っている。とくにあそこの座禅堂に興味が涌く。
山々に包まれ、木々が繁り、池を臨み、冬には厳しい寒さと雪・・・。かの上杉謙信や直江兼続が若き日に修業したというこの寺には京の都の多くの寺とは異なる、自然のなかの静寂な時間が横たわっている。「雲洞庵の土、踏んだか」と山門に書いてある。「土、踏みました」と思わず応え、一歩一歩と自分に向き合う世界に入る参道。邪魔者がいない時間、空間、関係を作るにも、ただじっとしていてはできない昨今。自分からその世界を求めて歩かねばならない。静寂も自ら動かねば手に入らない時代。もしかして、松尾芭蕉もそんな気持ちから旅に出たのかしらん。
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by mahsa1203 | 2012-04-25 00:06 | words
ソーシャルなになに
ソーシャルメディアという文字を見ない日がない。ソーシャルは社会的、みんなの・・とそんな意味か。マスメディア、ソーシャルゲーム・・・今普及の一途にある。一方、ソーシャルスキル・・・最近こちらがどうもよろしくないという声をよく聞く。社会人としてのマナー・対人関係がうまくできない人たちが増えており、社会人としても大丈夫か?という人が増えていると企業や組織の教育関係の方たちにもよく聞く。世渡りの術?とまではいわないが、社会人として当然のことがわからない人が、ソーシャルメディアを使って・・・これがますます進むとこの世は一体どうなるというのだろう。一方、ソーシャルコミュニケーション。企業のコミュニケーション活動で重要な柱である。社会といい関係を作るための企業活動を指す。ソーシャル、ソーシャルというけれど、まず大切なことは人として、素手でいい関係を作ることができるのが一番重要であろう。さらにより充実した社会参加ができるための、社会をよくするためのソーシャルメディアの使い分け、企業のソーシャルコミュニケーション。言葉だけが一人歩きしないように、いつも何のため?本当にそれでいい?と自問しながら、いい社会人を目指したいと静かに思っている。
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by mahsa1203 | 2012-04-24 05:16 | words
「間力(まりょく)」を磨く
テクニック優先のコミュニケーション社会において、真なるコミュニケーションの価値は何だろうといつも考える。人の心を動かす、安心させる、幸せになる・・・それも一方通行ではなく、つねに双方向で。そんなことを考えているなか、現代いけばなの話を聞き、作品展を拝見する機会があった。その展覧会は、通常目にする特定世界の上流的美的感覚と仲間意識に育まれたものではなく、なんと企業のキッチンショールームを利用し、その会場内の各所を活用しての「活け花」であり、これはこれまでの私の「いけばな観」を大きく変えた。たとえば、キッチンの食器棚とか、ショールームの資料棚の脇、あるいは新宿副都心が丸見えの窓だとか・・。どこにでもありそうな日常生活空間のなかに、それぞれの作品が空間を活かし、ともに生きているのである。なんでも「枝ぶり」を大切にするそうで、単にお花だけをキレイにデコレートするのではなく、花を咲かせる枝たちのなんともいえない曲線美を生かした作品にするという点、きのこやピーマンなどの野菜までをも一緒に飾ってしまうという点も新鮮であった。そこで思ったのは「間」。花や枝だけが主役ではなく、他のモノたち、空間たちとの「間」を大切にするのだという。そして、この「間」こそは、本来、日本人に与えられた素晴らしい感性・才能であると聞き、確かにそのとおりだと納得する。相手を思う気持ちが形になって現れる。それが日本人の美意識であろう。そうか・・これからのコミュニケーションクリエイターが目指すべき価値についても、また新たな光が見えてきた。「間力」・・・これを意識しながら行動することはとても大切なことである。空間的、時間的、人間的・・・「間力」は、すべてに必要である。間力がわかり、実践できる人はとても素敵である。そこにはテクニックだけでは対応できない、人間本来の資質が求められるはず。ぜひ、これから「いい間」を意識し続けたい。そこに調和が生まれる。
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by mahsa1203 | 2012-04-23 05:23 | words
不良的生き方のすすめ
中学生時代には不良といわれた子たちと仲がよかった。ちょっと目立つ服装をしているだけで、ちょっと変わっていることで、「不良」と呼ばれ、大人の監視の対象となった。でも、彼らはそんなに深い意図もなく、ただ周囲に反抗していたり、突っ張っていたりしていた、ひとつの自己表現をしていただけで、実は素直な子たちが多かった。教育実習に行ったときも、周りからそのように見られていた男子生徒と、雑巾がけに誘い、競ったことが今となっては懐かしく、その昔、不良といわれていた人々も、今となっては立派な父ちゃん母ちゃんになっていたりするのではないかと思ったりする。不良とは、ひとつの成長段階だったともいえる。さて、大人になっても時には不良になるすすめをしたい。周囲ばかり気にせずに、自分らしく、自分が生きたいように生きるスタイルのことである。周囲にいるほんの一握りの大人の不良たちは、とても幸せそうである、。が、それができる人は本当に少ない。そういう人はある意味、人生を楽しむ術を持ち備えている。多くの人は、本当はこう思っているのに口でいえないとか、羽目を外したいけれど人目があって実行できないとか・・・これらは一見、周りを配慮した良い人かもしれないが、実は、そんなに幸せな人生でないのかもしれないと最近思うようになった。アメリカに住む友人と、不良人生について、共感している。そして、今すぐやろう、やりたいと思ったことは、決して後回しにしないということも誓い合っている。たとえば会いたいと思う人には、その思ったときに会いに行くのが良い。音信不通をしている間、そのうちそのうちと思っている間に、永遠に会えなくなることもあるからだ。後回りにせず、今やれることをしたいことをどんどんやっていくのがいい。中には定年後、不良な生き方を目指す人もおられるが、いつからでも良い。今しかない時間を自分らしく生きたい。そこが子ども自体の不良とはちょっと違う。ほどよい不良。人に迷惑をかけない。「日本の皆さんは、いい子すぎますよね」とアメリカの友から。確かに・・・。やっぱり偽善より、不良がいい。
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by mahsa1203 | 2012-04-22 06:16 | words
目覚めを促進、元気な「朝づくり」
いつでも気持ちよく目覚めたい。人それぞれのウェイクアップ法があるが、私が長年続けていることは、まず寝起きの一口ミニアイスチョコ。これをほおばることで一気に血糖値を上げる。みるみる目覚めるのが不思議である。そのまま、お気に入りの豆を選んでコーヒーを入れ、ミルクを温め、カフェオーレを入れる。ポットにコーヒーを注ぐとき、その香りに目覚めが促進され、一杯コーヒーを飲むことで、さらに元気が涌いてくる。そして、毎朝のブログ更新の習慣も、今となっては良き目覚め促進剤になった。人様に読んでもらう文章を完成させるには、シャキッとしなければならない。そんなことで、半ば無理やり頭を動かし、目を覚ます。最近は、ここに朝のアルゼンチンタンゴも加わり、かなりパワフルな朝づくり!になる。毎日、目覚めたことが儲けもの。だから今日も良き日でありたい。なんと、朝はポジティブになれることであろうか。お日様はありがたい存在だ。
その光を浴びながら元気に1日をはじめる。
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by mahsa1203 | 2012-04-21 05:08 | words


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