つれづれなるままに...
by mahsa
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<   2011年 11月 ( 35 )   > この月の画像一覧
見たくないものほど謙虚に受容する。
セミナーや研修業務で一番怖いのはお客様の反応。アンケートはそれを具体的に示してくれる。当然それをやらずしてお客様の反応はわからないため、大変貴重であり、またそれがあるから良いのであるが、やっぱり怖いものである。毎回毎回どきどきしてしまう。たとえば最近実施したあるセミナー。大変良かった94%、そうでもない3%、どちらともいえない3%という結果。
94%の方に感謝するとともにに3%というおそらく1名の方のその声が大変気になり、回答の詳細をよく確認する。参加される方の立場や動機、目的もそれぞれ異なるため、また何を発信しても全員が「なるほどそのとおり」という答えになるわけもなく、それはわかっているけれど、やはりどうしても100%を目指してしまう。が、100人が100人いいという結果はなかなか厳しい。そしていい悪いの数字だけでなく、その中身を注視したい。フリーアンサーがとても大切なのである。痛い内容であっても、どんな表現であってもひとつひとつ丁寧に拝見する。いつも胸がつぶれそうに思うこのアンケート、でも一番の励みになっているのである。また聞きたい、講師から元気をもらった、私もこんなことをやってみようと思います!と素直な回答をいただくことでああ、やってよかったと安堵しまたやる気が涌いてくる。お客様が自分を存在させてくださっているのだ。そして辛口であってもその意見に出会うことで新たな手法を考えることもできるから、それもいい。お客様はやはりありがたい、三波春夫が歌っていた「お客様は神様」は、こんなところでも頷ける。
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by mahsa1203 | 2011-11-30 05:45 | words
心のミント、夜のエスプレッソ時間
弟のような同士と久しぶりに食事をしながら、グラスを傾ける。話題は途切れることなく、ずっとしゃべり続けて4時間半。「あ、もうこんな時間」と帰り支度。帰り際に「損得なく何でも話せる人、腹をわって話せる人というのが経営者には大切だ」という会話も出て、本当に湯水のように会話がどんどん出てくる関係は尊いと思えてくる。「なんだかすっきりしました」この言葉をありがたくいただく。誰かと過ごす時間、相手がすっきりしたと思ってくれることが何よりもありがたいことである。ミントを口の中に放り込むように、心のなかにすっと入り、気持ちが和らいだり、落ち着かせたり、軽やかにできるような存在になれるといい。それにしても、このいい時間が、ある意味「濃い人生」のエスプレッソのようなひとときに感じることができた。飲んでも酔いが冷めないような、それでも頭はクールになり、思考が深まっていくような・・。やっぱりエスプレッソとミントはいいコンビ。そんなことを味わえる貴重な機会とその相手に感謝。思いがじっくりじんわり紡がれる晩秋の夜もたまにはいい。店から出たときの寒さがまたほどよく実にしみて良い時間である。
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by mahsa1203 | 2011-11-29 00:38 | words
すべては「思いやり」の上に。
これまで何度か「おもてなし」の講座を行わせていただいているが、準備をしたり常にいろんな事象を観察しながら思っていることは、この「おもてなし」なるものは、決して特別のことではなく、相手への優しさ、思いやりに尽きるということ。人の立場にたって、その人が喜ぶことをして、相手が嫌がること、不快に思うことはしない。ということ自体が、おもてなしの基本であると思えてならない。小手先のサービスノウハウとか、その上に成り立つのであって、その気持ち・姿勢なしには意味がない。先日のセミナーを受講して何名もの方が個別にお礼や感想を寄せてくださった。「おもてなしは、今日本人が忘れかけている『思いやり』のことですよね」「一言でいえば『笑顔!』ですよね」などが象徴的な言葉であったが、本当にシンプルなことなのである。もちろん、それは「おもてなし」に限らずすべての行為・行動につながること。人が見せ掛けでなく、本当の優しさをもったときに、それを受けた人も強く、優しくなれるはず。「絆」という言葉が今、日本中を盛り上げているが、言葉だけ、あるいは一過性のブームに終わらず、ずっと「思いやり」をもって生きていきたい。仕事の場面だけでなく、日々の暮らしにおいても然り。日々の暮らしでそのことができなければ、おもてなしなどできるはずもない。まずは、隣の人に優しく・・から。
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by mahsa1203 | 2011-11-28 04:43 | words
永遠の話し相手
とあるテレビ番組でみつけた愛知県の某石材店。そこの娘さんがお父さんの背中を見て石工という仕事に就いた。つい最近お墓参りにいったとき、「なんで日本のお墓のデザインはこうなんだろう」とつくづく思っていたところでもあり、その女性の仕事に大変興味をもった。彼女は従来のいわゆる四角い墓石ではなく、亡くなったペットそっくりの石像を注文を受けて作り、飼い主たちに癒しを与え、今では全国から注文が殺到しているという。確かに今は亡き存在が身近にいてくれたら、人はそれを見ていつでも声をかけることができるのだ。墓石もせっかく存在するならばそういうものであるといいのに・・と思っていたため大変興味をもった。話し相手・・・人には自分のことを認めてくれる存在が欲しいもの。聴いてくれるだけで、見守ってくれているだけでいいから、そばにいてくれる「何か」を求めている。人物画というもの、写真というものもそうだと思う。最近、1枚の版画が私の話し相手の一人に加わった。憧れの画家によるものでその1枚の絵を見るだけで自分の世界観は西方面に広がり始める。タイトルは「小さな職業人」のなかの栗職人とのこと。私はその愛くるしい表情に惹かれた。「ねえ、マロン坊や、どう思う?」と、時々そんな会話をしている自分がいる。頭がおかしい?と思われるかもしれないがそんなことはない。絵の中の人物に話しかけてみたり、問うてみると意外な発見や答えがみつかることもあるのだ。親しい人、愛する人がいるいないに拘わらず、「永遠の話し相手」というものについて考えてみると、これまた何だか違った世界が見えてくる気がする。
レオナール藤田が遺した子どもの作品は、まさに子どもがいなかった藤田氏の子どもそのものであったらしい。絵画や版画、写真といったアートは心のなかの存在を永遠にしてくれる。ね、そうだよね、マロン坊や。
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by mahsa1203 | 2011-11-27 06:10 | words
反「ぺらっぺら」人間
体型ではなく、内面について。できれば厚みのある、深みのある人間になりたいと思う。口先だけとか、自分本位だとか、その場限りとか、調子がいいだけとか、なんの感動も信頼も沸いてこないような人にはなりたくないし、そういう方にはなるべくお目にかかりたくないと思ってしまう今日この頃。ある友人が「あの人、その後お礼もいってこないんですか。なんだか、ぺらっぺらな人ですね~」とつぶやいた。「ぺらっぺら」という表現がいかにも限りなく薄い、超薄型な感じでなんともいいようがない。人様のことはおいておいて、自分がそんな軽薄な人間にならないように気をつけなければと思った。軽薄・・・軽くて薄い。そこに最近は「ゆるい」という言葉も加わるのか。重くて厚くてきつい・・・世の中にはそんな生き方から逃れようという人も多いかもしれない。でも、「ぺらっぺら」よりも、ずっしりした人間の方が魅力があるのでは・・と思うのは私だけだろうか。吹けば飛ぶような存在ではなく、いつでも私はここにいる!と土に根っこを生やすような、堂々とした生き方がいい。心から信頼される人になれたらいい。
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by mahsa1203 | 2011-11-26 06:12 | words
プレゼントを贈る前に「プレ」を祝う
ごく親しい人の誕生日を翌日に迎え、誕生日プレゼントは何にしよう。いつも悩むけれども、結局は値段でもなければ、大きさでもなく、気持ちであるから・・といいながらも何かしら小さなものを用意をしながら、一筆を沿え届ける準備。それはそれでいいけれど、実は誕生日は前日がとても大切じゃないかと思い始める。明日で60歳になるのであれば、今日が50代最後の日。この1日をとっても大切に生きてもらうことが意味あることじゃないか・・と思い、1本のメールを送ることにする。「明日を誕生日に、今日が50代最後の1日ですね。どうぞ悔いなき50代を結んでくださいね~」といった具合に。するとしばらくすると返事がくる。「明日の誕生日に向けて思うことは、ここまで健康に生み育ててくれた親に感謝です・・・・・・」振り返ること、そして自分の存在を支える全ての人に感謝することは何よりも大切である。そして明日からの新たなステージに踏み出す。プレゼントの前にプレメッセージ。確かに自分のバースデーのときも、当日以上に前日がいつも名残惜しく胸がいっぱいになることを思い出す。そして1日が過ぎ、当日になる。大切な方へ改めて。「お誕生日おめでとうございます。ますます素敵な人生を!」その人がこの世に、自分の近くに存在してくれてよかった。そんなことに改めて感謝する、祝いの朝である。
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by mahsa1203 | 2011-11-25 04:21 | words
「慣れない」生活を越えて
20年以上の友人。ある勉強会で知り合い、その人が30歳、課長さんで私も20代の会社員、そう主任ぐらいであっただろうか。お互い若かった。あれから20年以上の月日が経過して、その間、その人はエリート階級をどんどん上り詰め、競争の厳しいビジネス社会での勝組のひとりとして、超大手財閥の勤め人としては最高のポジションまで上り詰めた。課長、次長、部長、支社長、社長・・・その肩書きが変わるたびに彼はちょっと誇らしげに昇進を名刺とともに報告してくれた。まるでドラマを見ているような仕事人生だとも思い見守っていた。ところがつい最近、急にその組織が大幅な若返り、人事の刷新で第一線から急に身を引くことになったという。鶴の一声での決定である。まさか今?急に?赴任以来ずっと昼夜を問わず、仕事一筋にひたむきにがんばり、業績をあげ続けてきた彼としては信じられない辞令であったという。「心が苦しい」ともメールにあった。そして久しぶりにその彼と再会する。「これまですべて電話一本で部下や秘書がやってくれて、すべて組織でやってくれて・・・。自分では何ひとつできないことに気付いたのですよ。」飛行機のキップの予約もレストランの予約も・・・。今、責任のないポジションになり、いろいろ戸惑いがあるという。心なしか以前のような闘争心が消えたようか、違う人に見えたような印象もある。少し早い定年かもしれないが、体を壊すような激務の日々が続いていた月日を思えば、この環境の変化はまさに天からのGIFTではないかと言ってみる。これまでの業績が評価され、しばらくはゆったり過ごせる時間をもらったというから、それもGIFTである。凡人にはそれすら与えられない。毎日早く起きて会社へ行く、という必要性がなくなった生活に「慣れない」し、眠れない夜もあるという。それもわかる気がする。自分で決めた選択ではなかったから・・。しかし人はどんな環境にも慣れるもの、そしてそこから必ず新たな道が見えてくると思う。肩書きが立派になっているときの彼よりも、何もなくなった一人の人間としての友を見ていて、なんともいえない気持ちになった。長いことお疲れ様でしたね。ちょっと休んで、また新たな道を歩き始めてくださいね。と、今も心の中でずっと声をかけ続けている。
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by mahsa1203 | 2011-11-24 05:10 | words
新潟日報に掲載いただきました(11月23日朝刊)
さる11月21日に開催されました、おもてなしセミナーの様子が今朝の新潟日報に掲載されました。
記者さんが会場に来られていることも写真を撮られていることも知りませんでしたので、新潟の知人から「今朝載ってますよ」とメールで記事を送っていただき、サプライズでした。新潟日報社さまいつもありがとうございます。またこんな記事をきっかけに、町が元気になるとうれしいと思いました。ひとりひとりができることを今すぐに!
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by mahsa1203 | 2011-11-23 08:58 | インフォメーション
病気じゃないよ、甘えだよ。
こんなに豊かなモノ余り社会。さまざまな情報も錯綜し、よっぽどしっかりしていないと目の前のことに翻弄されて、自分が何者なのか、自分がどう生きたいのか見えなくなって、ちょっとした壁にぶちあたるともう駄目だと根をあげたくなる・・・そんな若者がきっと少なからず、今の日本にはいるはずだ。すぐ病気じゃないの?とか、あたかもフリーターをひとつの職業として認めているような?風潮と同じで、病気という逃げ場を認めているような・・・そんな甘やかしを大人たちはしていないだろうか。病気ならばちゃんと治さなければいけないし、そうじゃないならばしっかり速やかに自分と向かい合って、自分を見つめ、何がしたいのかしっかりと整理をしていかねばならない。ある若者の人生相談の時間、いろいろ話した結果、「きみは病気じゃないね、甘えているだけだね」さらりと厳しい言葉をかけてみた。人生はもっとしんどいことがあるから、これぐらいのことでへこたれるな、自分に自信をもって、もっともっと素敵なオトコになれるようがんばりな!と背中を押してみた。自分が何をしたいか?何をするべきか?そのゴールは社長になるとかならないとかそういう問題ではなくて、どのような人生を生きたいかということであり、もっといえばどんな人に出会いたいか・・・その理想の相手のイメージがあれば、その人に出会えるよう切磋琢磨するだろう。
「彼女ほしいよね、結婚したいよね」その会話で、確実にその若者の瞳が変わった、だから病気じゃないと思った。がんばれ、キミは素敵だよ。でもまだまだ、だからもっともっと素敵になるために甘えを捨てようよ。・・・この会話が彼の胸にぐぐっと刺さって、元気に走り出すことを私は心から願っている。がんばれ、日本の若者。人生はまだまだ先が長い。人生しっかり生きないともったいないよ。
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by mahsa1203 | 2011-11-23 00:09 | words
忙しいときほど、仕事がよくできる
止まると再び動き出すことが難しいようなそんな気がしてか、どこにいてもいつもちょろちょろと動き回っている。そして毎日毎日その日にしなければならないことを溜めないようにする。ひとつ溜めると、溜めていることを覚えていなければならないのが煩わしいからだ。常に頭のなかをクリアにしておきたいため、やらねばならないことは明日ではなく今日に片付ける。1日の節目は時間の区切りというだけでなく、仕事の区切りでもある。今日しなければならないと思ったことはすべてその日に片付けることで、明日真っ白な状態からはじめれば良い。明日のキャパがたんまりあるというわけだ。今日やらずに残しておくとそのキャパが減る。忙しければ忙しいほど、今日やることは先延ばしにしない。今日必ずやる。そうしないと明日は何がやってくるかわからないから。この習慣づくりが仕事にもよき影響をもたらすと信じてきた。暇になると人はろくなことを考えないかもしれない。忙しいときは余計なことも考えず、ひたすらに前に進めることを考え、実行するものだ。もちろんいつも言っているが、心をなくした忙しさであっては意味がない。
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by mahsa1203 | 2011-11-22 00:51 | words


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