つれづれなるままに...
by mahsa
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「お客」であることをつい、忘れる
ある会社であるサービスについて相談していた。それは非婚者でも対応できるかどうかについてがポイントのものであった。その企業の担当者からアポの連絡が入り、電話で話をしていた。すると、その担当者は「それはご主人様がですね~」「ご主人様から」という単語を何度も連呼するので、「あの-、その『ご主人様』という言い方、いいかげんやめてくれませんかね。そういう関係じゃないということでの相談をしているんじゃないですか」とつい言ってしまったら、その担当者が固まった。
さらに、これは感情的なことではないということを伝えたく、その人に「お客さんにはそれぞれの事情があるのだから、男女を見て「ご主人」「奥様」と決め付けるのは、夫婦ということがわかっていない以外は失礼になる場合もあると思います。男女ともお客様である以上、基本は〇〇様と呼んだ方が良いと思います。サービス業に関わる人にとって・・」と補足のメールまで送ってしまった。
そして、後日約束の日。どんな顔をして会うかなと思っていたら、先方はいたく恐縮、上司まで出てこられてお詫びされてしまったあげくに「大変勉強になりました」と感謝されてしまい・・・。
うーん。お客のクレームで終わっておけばよかった。どんなときも、客であっても、ついつい、どうすればよいかと、その相手にアドバイスする習慣がついてしまっているのは、よくない習性である。
ますます、おせっかいおばさん・・は止まらない。
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by mahsa1203 | 2011-06-30 00:04 | words
株主は応援団がいい!
まさに株主総会がピーク。連日多くの総会を掛け持ち参加される方もおられるようだ。私にはそんな財もなけりゃ、才能もないため、掛け持ちは一生ありえないが、ある会社の総会に今年もお邪魔する。年輩の男性から同世代の投資家らしき方から若い主婦もちらほら。この姿を見るとどこか株主総会というよりは、「ファンのつどい」のような感じである。ましてや「会社にこれを言っていわねばおれず」といった張り詰めた存在感の人もおでましでない様子。定刻どおりに議長である社長の挨拶から会が進行する。総会で一番大変なのは、なんといっても株主からの質問対応である。会社側のプレゼンテーションはいかようにも用意でき、また何度も何度もダメだしをして本番に臨んでいるため、それはそれほど心配はない。ところが質問は何が飛び出すやらわからない。ところが、私が訪れた総会の株主たちはなぜか最初に会社にお礼をいってから、そして質問に向かう。「今日は初めてきました。来てよかったと思っています。素晴らしい会社の株をもっていてよかったと思いました。社長さんありがとうございます。それでひとつ質問ですが~」という具合にどの人もまずは謝意を述べられるのが特長。頭ごなしに怒ったり、いきなり言いたいことを言い始める人はいない。また誠意ある会社の回答には会場から拍手も涌く。株主になる以上、配当が気になるであろう。これはお金を出す以上当然のことであるが、それ以上にみんなで会社を見守っていこう。応援していこう。といった意識があるかないかで、株主の保有期間はずいぶん変わってくるはず。企業にとっては安定的な株主がありがたい。そんな点からも今回の総会は「みんなで東北助けましょう~、日本元気にしましょう」と一体感に包まれ、まさに応援団の集い!それぞれが自分の利益ではなく、ともに社会のために!と響きあっている様子がよく伝わり、参加しているだけでも目頭が熱くなった。社会的存在としての企業。個人でできることは小さいが組織だからできることがたくさんある。この組織ならばこそ!と思える企業のことは応援し続けたくなるもの。お互いに感謝できる関係。ステークホルダーと企業の関係の原点も、まさにこれである!と実感をする1日であった。
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by mahsa1203 | 2011-06-29 05:16 | words
触感を大切にする
印刷会社に13年つとめていたせいか、印刷物を見るとつい、紙の素材感を手で確かめたくなる。たとえば書店に並ぶ平積みの本。アマゾンとリアル店舗の違いは、なんといっても現物を手にとってみることができること。タイトルや装丁はパソコン上でも確認できるが、その風合い、ページをめくるときの感触は現物を見て初めてわかるもの。今はネットで本は注文されることが多いため、以前より紙にこだわる作家や編集者は減っているかもしれないが、たとえば詩集やゆっくり読んでほしいものなどはそれなりにテクスチャーのある紙が選ばれていることも多い。本という商品の仕上げは紙質にあり!といっても過言でないほど、紙を吟味するかどうかは商品の品質にかかわるのである。もちろんインクの乗り方や発色の差もあるため、どの紙を選ぶかはその本のコンセプトやメッセージ、そして装丁のデザインによる。目にやさしい、手にやさしい。そしてどこか高級感と知性が伝わる紙。そんなものを選びたい。電子ブックがますます増えるといわれるなか、紙にこだわる本づくりもなかなか味わいがあって良い。
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by mahsa1203 | 2011-06-28 05:42 | words
眠れない夜、心の旅をする
ちょっと早く寝すぎて真夜中に目が覚めたりするとき。それが週末だったりすると翌朝のタイムプレッシャーもないせいか、すぐさまもう一度寝なくちゃというよりも、急に時間ができた喜びでそっと起きだして、お気に入りのDVDを取り出したりする。いつも観はじめてはまた途中で眠ってしまい最後まで観つづけることができない作品を、今日こそはと思い再びセットする。最初の出だしから、大好きなブエノスアイレスの町並みとタンゴが流れることで、はらり涙がこぼれる。最高の気分でしばらく鑑賞・・しかし、やはりいつの間にか眠ってしまい、気が着けばエンディングにさしかかっている。またやってしまった・・と思いながらも、わずかな時間ではあるが予想しなかった心の旅を楽しめたことがうれしくなる。人生は一期一会。それを再現・創造したのが映画をはじめとするアートであり、そしてそれをさらにいつでも、どこでも楽しめるようにしてくれたのが昨今の映像保存再利用技術。芸術と技術が一体化されることで、眠れない夜に人は旅をすることができるのだ。だから、週末の夜中はちょっとワクワクしたりする。
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by mahsa1203 | 2011-06-27 05:44 | words
通過した全ての時間が道に通じる
若き頃、マーケッターを目指していた頃(今もなりきれていないが)、ずいぶんお世話になった水口先生がお元気だった頃の直筆メッセージが出てきた。先生らしく大変な達筆で、「うーん」と解読しながら文字をゆっくりたどると、「あなたが通過したすべての時間が、道に通ずる」と書いてある。さすが、さらりと深い。意味のある時間を通過されてきたからこそのお言葉である。うまくいくときいかないとき、うれしいとき、かなしいとき・・・「時」にはいろいろあれど、確かにどの瞬間だって無駄になることはない。人は結局、時間と対峙しながら時間を生きるだけの存在。その通過する瞬間瞬間を意識するか否かで、その先に通じる道が違ってくるのではないか。それは数年前のサインであった。まさに先生との出会いの時間があったからこそ、現在のコミュニケーションクリエイターへの道につながってきたのである。今日も時間は止まってくれず、通過していくだけ。でも意識することで、その時は永遠の存在にもなる。改めて、先生に感謝を込めて・・・。「いけ、今尾」懐かしき歯切れ良い、ショートワードが頭をよぎる。
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by mahsa1203 | 2011-06-26 01:29 | words
「ひろこ」と「ふかし」のマリアージュがいい
現実に「ひろこさん」という名前の女性、「ふかしさん」という名前の男性に知り合いはいるが、ここでは架空のお二人ということで登場いただく。
コミュニケーションはその目的に応じて、広く伝えたいのか、深く伝えたいのか、それにより、手法が異なってくる。ツィッターやFACE BOOKなどはまさにこれまで面識のない、未知なる人々とも広く広くメッセージを発信したい、つながりたい、きっかけを得たいという場合に有効であり、一方、しっかり手書きで手紙をしたためるとか、二人で会って食事・・・などの行為は、深く交流したいときに選択するコミュニケーション手段である。人間は結局のところは、リアルなコミュニケーションに満たされることが一番幸せであるが、現代社会には多くの手段があるため、使い分けていかねばならないし、また使い分けることが楽しくもある。人間は広いコミュニケーションだけでも、深いコミュニケーションだけでもおそらく生きていきづらいはず。現実の行動範囲からしても、ほどよい広さと深さが必要である。一人の人間のコミュニケーションには「ひろこ」と「ふかし」の2つの顔があることを前提に、その両者をうまくマリアージュさせハッピーなコミュニケーションを創っていければととても良い。
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by mahsa1203 | 2011-06-25 05:44 | words
間に合ってよかった
上海に住む親友が、父上の病気のため台北に帰国。容態が思わしくないという。しばらく台湾に住み、父上を最期まで見守るという気になるメール。中国宛て国際郵便の不安もあり、ずっと送らず会える日までと手元においてあったわがCDの包み。台湾にしばらくいるのであれば、実家に送ろうと思い立ち、台北の自宅へ直ちに送る。2~3日もすれば届いたという連絡が入ると思っていたら、送った翌々日に「ゆうべCDが無事届きました。」のメール。日本と台湾は近い。彼女はそれを父上の枕元で流したという。「パパは静かにそれを楽しんでいました。」というメッセージ。言い方がとてもとても難しいが、このCDがお父様に聴いてもらえて良かったと安堵。彼女は父上にきっとこうささやいたことだろう。「お父さんの大好きな日本に住む、親友が作ったCDですよ。」と。昨年台湾で亡くなった友に間に合わなかったCD。ここでは間に合った。ぎりぎりセーフか。「想いひとつ」が伝わればうれしい・・。
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by mahsa1203 | 2011-06-24 00:49 | words
「便利」と「学習」
知らない町、しかも地球の反対側のまったく未知の世界に二人で旅したとする。一人は1回だけここを訪れたことがあり、かすかな記憶をたどりながら、地図を見ながら、こんな風景だったかな、この道で合ってたかなと確認しながら、おそるおそる目的地に向かう。もうひとりは、「そんな感覚はアテにならないんだから。」といって、すぐにスマートフォンで目的地を検索。すごいものだ。世界の裏側にいてもナビがつかえちゃうんだから。そして、無事目的地に着く。さて、地図をもって迷いながら行く旅と、検索して、直線的に目的地にたどり着くのは、どちらがいいのか?それは人それぞれの価値観があるけれど、地図を見ながら、体を動かしながら確認するこの過程は、まさしく「学習」になっており、次回来たとき、また思い出すことができる。25歳から毎年何回か足を運んできたNYも、時折訪れるパリも、ローマも、ナポリも、こうやって体で街を覚えてきた。だから、今も目を閉じれば、家からそこまでのルートが描けたりする。つまり自分のなかにマイナビができる感覚。でも、最初から出来合いのナビを見て出かけたら、その場その場で過程の記憶が抜けていくような気もする。周囲を見ないで画面を見ながらまっすぐ進むから・・・。そういえばタクシーの新人の運転手さんたちがなかなか道を覚えてくれないのはナビのおかげ?かも・・。計算機の登場で、暗算がまったくできなくなったという悲しき現象にも共通している。・・ということで、最近、「便利」と「学習」について良く考える。私は学習することが面白いと思っている。学習は自分自身のなかにいろんな経験がじわじわ入ってくる知的営みである。何事も過程を大切にしたい。いずれ、便利が最高の価値とはいえない・・ということに気付く人も増えてくることに期待しつつ。もちろん自分も便利なものにお世話になって生きているから、偉そうなことはいえない。ただそんなことも時にはちょっとは意識して生きたいと思っている。
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by mahsa1203 | 2011-06-23 00:10 | words
「道具」の奴隷
海外で時々電車に乗ることがあると日本でのその車内風景の違いに気付く。あるコラムで海外の方が書いていたが、「日本人が東京の地下鉄車内で皆が一様に、携帯をまるで位牌のようにもってみている姿に対して違和感を感じる」とあった文面を思い出すのである。今はスマートフォンの利用者も増え、あるいは耳からイヤホンを垂らしてipodか何かで何かを聴いている姿も多い。自分もその一人であることもある。移動時間を有効にということであるが、片時も道具を離さない、五体と道具がいつもつながっている人間たちの集団・・・その風景はある意味とても奇妙である。現代人はそのなかでも日本人はとくに、道具の奴隷になっていやしないかと心配している。何かが出たといえば、それに飛びつき自分の行動をそれに合わせている。新しいものを面白がったりするのはモノづくり国ニッポンの科学技術の進化史やマーケティング業界の発展においては意味があり、いいことだと思う反面、四六時中、道具と一緒。というのは本当にいいことだろうか。人間は道具なしでも、素手で生きていける術をつける必要があるのでは?と最近思うようになってきた。自分もいつもいつも携帯に着信がないか無意識に気にしてきたことを最近反省している。おかげで手首も目も無駄に使った。便利になって健康を失っているかもしれない。1日に何時間かは、この道具を離れて、自分と向かい合い、自分の時間で自分の感覚で生きることを取り戻さねばならない。そういう意味で、電車の中こそ、それができる時間かもしれない・・と思ったりもする。
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by mahsa1203 | 2011-06-22 05:39 | words
出会いの整理。
とあるご婦人より10年ほど前にいわれたことを思い出す。「今尾さんはこれからもどんどん新しい人に出会うでしょうが、私なんか、もういかに新しく出会わず、これまで出会った人を選んで、少なくしながらしっかりおつきあいしていくか。ということを考えるのよ」・・確か年齢は15歳ぐらい上の方であった。そのときは、どうして新たな出会いを求めないのかな~と不思議に思う一面もあったが、最近少しづつその考えもわかるようになってきた。いや、新しい出会いを拒むつもりはまったくないが、長く知り合っている方のなかでも琴線や志や愛情・・と心のふれあい方から、人とのつきあいを広くから深くへスィッチするようになったという意味だ。そのため「再会」に時間を割くことが増えている。ちょっと離れていた人たちが何かをきっかけに再び戻ってくる感じ。数年ぶりであっても、10年ぶりであっても、何も変わらず会話でき、互いの内面の成長や老成をの認め合うことができる。アンチエイジングじゃなく、自然に年をとるのがいいんだよ。といいながら・・。次会えるのがまた何年後からわからないという思いもあり、大切な凝縮時間にしたいと会話もついつい濃厚なものになる。そうだな、これからの時間は、少しづつ「もう一度会っておきたい人」との時間もとるようにしていこう。だんだん「もう一度会いたい」という願望はひとつのふるいとなって、もしかしたら人間関係は自然と厳選し、されていくのかもしれない。名刺はどんどん増える一方だけれど、その整理とともに、出会いの整理をしていく時期にさしかかってきたような気がする。実体のある関係を大切に育んでいきたい。
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by mahsa1203 | 2011-06-21 05:37 | words


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