つれづれなるままに...
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「自分らしい」かどうか。
ある若手社長との会話から。「いろいろ流行りのツールはあるけれど、結局、うちらしいか、自分らしいかということが大切なんですよね」その店では、ホームページもブログもツィッターも使わず手作りのチラシ、DMで地域の家庭の台所として、また全国には美味しいものを提供する専門店として、きちんと顧客を摑んでいる。人がやるから、ライバルがやるからという集団意識的な判断ではなく、結局、その方法が自分らしいかどうかということ。自分らしいというのは、仕事をする上でも、生きていく上でとても大切である。社会と協調しつつ、個性をもち、静かな自己主張を秘めながら、元気に生きていくこと。アイデンティティをもってすすんでいくことである。いつも、「これが自分の生き方、これが自分である」と確認しながら、すすんでいきたい。もっといえば、相対的な自分ではなく、絶対的な自分と向かい合うことである。自分らしく生きている人は、清清しく、自信に満ちている。そんな仲間をどんどん増やしていきたい。
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by mahsa1203 | 2010-10-31 08:43 | words
「今日買わなくていいよ。」
今年創立50周年を迎える企業のイベントのお手伝いをさせていただく、その打ち合わせでの会話。50周年という節目はその三代目にとって、さまざまな内的な変化があるという。その地域の個人がお客さまなのではなく、その家族がお客様だという意識をもつようになるという。50年も商売をさせてもらっていたら、今そこの娘さんがその店を利用していなくても、その先代は利用してくれていた・・となると、「あのうち」は、当店のお客様であるという意識をもてるようになるという。50年という長い歴史がなければ、その「目」はもてない。多くの場合は、今日1日の売り上げにとらわれ、いかに、今日一円でも多く買ってもらうかという発想・行動になりがちであるのに、明日の分も買おうとするお客様がおられると、「明日の分は今日買わなくていいよ。また明日にしたほうがいいよ」と言ってしまうそうだ。素晴らしいの一言に尽きる。人も企業も年を重ねるということは、こういうことでなくてはならないと思う。自分のためではなく、本当に相手のために存在する。そのことで、周りも自分を存在させてくれることになるのだ。このような素晴らしい会社の素晴らしき節目のお手伝いができるとは、なんという幸せものだろうと思えてならない。素晴らしいお店を愛する素晴らしいお客様にお会いできるのだ。心を尽くして、お手伝いをさせていただきたい。
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by mahsa1203 | 2010-10-30 00:43 | words
変化がうれしい、頼もしい。
何年か前には、人前で話すことが苦手・・であった職人気質の、とある社長さん。広報力やコミュニケーションの勉強会に何度も参加され、奮闘されていた。言葉少ないのがその方のキャラクターとも思っていた・・。当時セミナー当日の朝「今日、勉強にいってくるわ」と家族に急に言って突然出かけ、家族・社員が「は?どこへ??」ということもあったそう。そして次第にその社長さんは、お会いするたびに話す力、プレゼン力を身につけられ、「おかげさまで、自分のいいたいことが自分から話せるようになりました~」と笑って話されるようになった。その後、いろんな商談会や展示会に出てもしっかりと自社製品をPR・販路を拡大、と同時にそれまで不安定だった商品の供給も安定的になり、ビジネスが軌道にのってきた。先日は全国放映のテレビ番組に出演された!ということで、それがますます自信につながった。「前から名刺が大切だといわれていましたよね」「塾に出たおかげで、仲間に負けたくない、かといってまねはしたくない。俺らしく表現するにはどうすればよいかといつも考えていましたよ」と何年か前の勉強会のときのことを振り返っておられた。昔お伝えした一言一句をちゃんと忘れずにいてくださるのだ。自分が発する言葉の重さをひしと実感。ああ、かかわりをもたせていただくことで、相手の内面に表現に変化がみられるというのはなんと嬉しいことか。時々、久しぶりにお会いする方たちが、昔しゃべれなかったのに話がうまくなっていたり、自信がついていたり、とにかくその変貌ぶりを見るのがうれしくて仕方ない。そういった人たちは皆一様に素敵な表情で見ているだけで気持ち良い。人に変化をもたらす仕事。これからも心をこめて尽くしたい。
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by mahsa1203 | 2010-10-29 04:46 | words
親子という鏡
エリンギの製造販売をされている会社の社長とご子息との会食。話を聞けば聞くほど、一見反論していても、後継者にはなると決めていない状態であっても、親子とは切っても切れない血縁関係であり、まるで二人は互いに鏡のようだと思える。おそらく親の年齢になれば、子どもも気付かないうちに親にそっくりな生き方になっているのかもしれない。人を見ていて、自分のこともそうかと思えてくる。どんなに否定しても、反抗しても、いやだなと思っていても結局はそこに帰ってくる。遺伝という点からだけでなく、一緒に暮らし、親の背中を見るなかで、知らぬうちに親から大きな愛を受け取り、生き様を受け継ぎながら、人は育ち、親子の絆を深めていく。親子だから結局分かり合える、親子だから何があっても・・。これ以上強力な人間関係はほかにはないのでは。それにしても、ゆうべお会いした親子のエリンギへの思い入れやこだわり、自信は共通しており、やっぱり親子だなと実感した。素晴らしかった。これからもさらなる二人三脚でと心から応援したい。おっと、今日は父親の誕生日である。わが鏡である父にお祝いのメッセージを送ろう。鏡なる父親へ感謝をこめて。
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by mahsa1203 | 2010-10-28 06:14 | words
飽きない生き方探し
コミュニケーションの仕事をしていながら・・なんであるが、毎日毎夜、とくに休日に押し寄せる「売らんかな~」的情報満載のメールマガジンにお腹いっぱいになる。また何を見ても「ほら、ここに楽しい生活」と呼びかけてくる軽緩インフォメーションたちに「もう、いいですから」と見もせずに飛ばしていく習慣。いちいち面白がるほど暇でもなく、またかと思う内容。「どうでもいい」コトが巷に溢れているような気がするのはこちらの感性がずれているせいか。量で勝負の情報の洪水に、スィーツの新商品に、ファッションのトレンドに・・飽きている。人はいつの時代も新しいものを求める修正があるというが、これほど豊かになった生活のなかで、本当にそれでもまだ新しいものが必要なのか。もちろん新しいものはこれからも発明・開発・誕生し続けるであろうが、人はひととおりの経験を積むと結局はシンプルな生活に戻っていくのではないだろうか。ちょっと珍しいもの、目先新しくて飛びついたものには、「飽きる」のである。と、これまでの自分の生き方も振り返り、結局は飽きる消費行動を続けていたことに反省もする。今、興味があるのは「飽きないくらし」。良き本を読み、良き音楽を聴き、良き言葉に包まれて、良き人々と語りふれあい、良き仕事をして、本当に美味しくて好きでカラダに良きものをいただき、静かに良き時間を過ごすこと。そんな暮らしはどうだろう。ただ、自分の場合は、動き回ること自体には飽きることがないようなので、動きながら良き人生を積む・・ためのペースづくりをそろそろしたいのかもしれない。人はホンモノでなければ、いつか飽きる。このことを肝に銘じて自らの生き方を再編集してみよう。
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by mahsa1203 | 2010-10-27 00:18 | words
自分の原点に改めて立つ
ここにあった移動式観覧車。それを見た瞬間、自分の人生はこうあるべし!と直感した12年前。今はそこにはそれは建っていないが(また年末には姿を見えるのかもしれない)、この広場に来るとなぜか身が引き締まる。コンコルド広場。フランス革命、自由の象徴の場所でもある。今日も空にそびえたつこのオベリスク。(クレオパトラの針というらしい?)この直線に沿って空を見るだけで 充分まっすぐな気持ちになれる。ときどき、自分が決断したり、自分にとって記念すべき場所へは足を運んでみる。そこで初心に立ち返り、そして過去を振り返りすぎることなく、次への夢を希望を大きく掲げてみるのだ。そして、忘れそうになるときはここに立っていた自分のことを思い出すようにする。原点を忘れないことは、何年立っても大切なこと。ぶれない生き方をするために。それにしても、秋の空はこれから新たな歴史がはじまりそうな・・・そんなドラマチックな薫りがして良い。
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by mahsa1203 | 2010-10-26 03:21 | words
市場で見るマーケティングの原点
どこの国・町へ行っても「市場」と言われている場所が興味深い。作り手が生活者に自らの生産物を提供する場、生活者・買い手との交流の場が「マーケット」である。今、まさに日本では直売所なるものが注目されているが、これとマーケットは同義である。ボンの教会広場でのマーケット。日暮れが迫っており、より市場は活況を帯びている。今日の分は今日でちゃんと売って気持ちよく帰路に着きたい。そんな思いで店主たちの呼び声も高まる。「もうおしまいだよ。買って帰らないと損するよ」そんな声が飛びかう。夕暮れ迫る18時半、市場はいよいよ閉店時間。「あ、バナナ1本いくら?」「1ユーロだよ」む?高いか、安いか。でも他で買うところもない、じゃいいや。1ユーロを渡す。すると店主は「DANKE」といいながら、バナナをもう1本くれる。閉店間際の出血サービス。マーケットでは駆け引きが面白い。やはりモノの売買の基本は対話であることを実感する。おまけのバナナは、なぜか食べるのが惜しくてずっと持ち歩き、成田に到着する前に一口いただく。「ボンの市場の味がする」・・・もっとマーケットに行こう。生産者たちと話をしよう。それは両者にとって良きことである。顔の見えるコミュニケーションがかつての市場を支えていた。それが今、また求められている。
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by mahsa1203 | 2010-10-25 05:12 | words
愛情は米にも伝わる。
届けられたお米に1通のレター。~今年も新米ができました。安心・安全はもちろんのこと、一年間愛情いっぱいに育てあげたお米です。これからも皆様に、感動してお召し上がりいただける米づくりに邁進していまいります。・・・6月27日草取り・・一株一株根元に生える草を手でとってあげます。そして株のまわりの土もかき混ぜて早苗の根がしっかり土に張るように!そして’元気で大きくなるのよ!と声をかけていきます。「本当に元気なしっかりした早苗に成長してくれます。愛情は絶対伝わる、、感じます」~こんな文章が写真とともに入っている。子育てをするように、米づくりをされているような思いたっぷりのメッセージであり、この農家さんの米作りへの確かな自信も伝わってくる。いろんな熱き思いを受け取らせていただき、米の味わいだけでなく生き方、仕事の姿勢も学ばせていただけることに感謝。一人ひとりの顔が浮かび、米粒がその方の分身のように思え、ありがたく頂戴せねばと思う。音楽を聴かせるのも良いが、言葉をかけるのはさらによい。お米にも愛情はちゃんと伝わるのだと思う。改めて農家の皆様のご努力に感謝して、美味しくいただきます!!それにしても、声をかけるのはいい。愛は言葉に出すと伝わるのだ。
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by mahsa1203 | 2010-10-24 07:29 | words
心友ルードウィッヒとの対話
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物心ついてから、といっては大げさかもしれないが、少女時代からの憧れ、かつ初恋の相手?はベートーベン。小学校の図書館で何度もベートーベンの伝記を借りてきては若かりし日の肖像画のページを開き、枕元で眠った日を今も時々思い出す。あの本、一体何度借りたことか・・・。中学1年の夏休みの自由研究はベートーベンの伝記を書いていた。なぜそういうことをしたのか自分のことながら不思議でならない。高校に入り、ベートーベンは試験用の課題曲となり、心よりも技巧に走った。高校を卒業、ピアノを離れてからはベートーベンの曲を演奏することもなくなり、今での演奏力では復元不能であるが、大人になればなったで、ベートーベンの生き様を改めてわが手本とし、心の友として何かあれば彼のことを思い出すのである。やっぱり、話したい!と思いたち、電車に乗って生家のある町ボンに出向く。慣れない土地での弾丸訪問である。空き時間を利用しての移動。フランクフルトからケルンを経由し、乗り継いでようやく目的地へ。ボンの町の滞在はわずか45分。駅から走って生家までまっしぐら。よく道を覚えているものだ。自分の動物的感覚に驚きながら走る。日が沈みかけた頃、自宅の前にたどり着く。「ルードウィッヒ、私の来た道は間違っていないだろうか」「私もあなたを見習って生きますから、何事にも負けませんから」と心のなかで対話する。閉じた扉の前で生まれた屋根裏の部屋を思い出しながら。その近くの公園には大きな銅像があり、そこでも一人上を向いて語りかける。わが友は大きく頷いてくれているような気がしてくる。激動の時代に聴覚を失くしながらも人々に感動を与え続けたベートーベン。やはり私にとってはかけがえのない存在である。また近くまで来たらわずかな時間であっても立ち寄ろうと思う。ヘーゲル、ゲーテと同時代を生き、世界精神を音楽で表現しつくした偉人中の偉人。もし、今生きていたらどんな曲で時代を表現するのであろう。ベートーベンには迷惑であろうが、私にとってはかけがえのない心友なのである。旅の帰り道に「運命」を久しぶりに聴いたら、なんともファイトの血が沸き立ってきた。
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by mahsa1203 | 2010-10-23 10:44 | 旅・出会い
シャンパン・レクイエム
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もう10何年前だったか、そのときマーケティングの国際会議ツアーではじめて訪問した町、ランス。フランス語ではREIMと書く。発音もむつかしい。その町に久しぶりに足を運ぶ。パリから電車で1時間ほど。かのシャンパンで有名なシャンパーニュ地方のシャンパン生産のメッカである。日本人画家で帰化したレオナルドフジタにも縁ある土地である。この町をおとずれると、いろんな方を思い出す。当時ポールロジェ社と提携され、当社のシャンパンを日本で発売していたキッコーマン当時の専務、吉田さん。あのキッコーマン醤油の家庭用卓上瓶を開発担当された方である。醤油博士のような方であった。そして水口先生。作家の野村さんご夫妻、新潟酒蔵の社長たち・・・・。ああ、みんなでこの町に泊まり、シャンパン工場をいくつか周り、プレゼンも聞き、試飲もした・・・。あれから、私はいつの間にかすっかりシャンパンファンである。(もっともお金がかかるので、普段はこの土地のものでなく、スパークリングワインというもので喜んでいるが)この町に来ると、あのツアーの機にお世話になった方々を思い出し、懐かしく思い、お会いしたくなり。が吉田さんも、水口先生ももうお会いできない。
思わず、ポストカードなど出してみたくなる気持ちなのに。ああ、天国に届く郵便局とはないものかと真剣に思ってしまった。久しぶりのREIMでパリの喧騒を忘れ、シャンパンの町でお二人のことをありがたく思い出す。これからも、ここに来るとここでの出会いを昨日のことのように思い出すであろう。写真は駅前目抜き通り冬のイルミネーションの準備風景。
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by mahsa1203 | 2010-10-22 06:40 | 旅・出会い


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