つれづれなるままに...
by mahsa
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「ありがとう」がいっぱいの節目と出発
日本には新年と新年度がある。この頃になるといつも感嘆するのが行政マンの引継ぎの素晴らしさである。後任者がちゃんと仕事できるように整える準備は完璧である。顔を見て引き継がないのに、ちゃんと引き継がれていることに毎年驚く。後任者も新年度になって違った環境ですぐ業務開始。よく新しい環境にすぐ適応されるものだと、つくづく感心。年度末には送別会もあり、またメールでお礼が飛び交い、じ~んとくることもある。ある職員さんからは「このチームの仕事で一番よかったのは今尾さんと出会えたことです。これからもおつきあいお願いします」というメッセージを頂戴したり、「うちのスタッフが成長できたのはあなたのおかげです。いつも前向きで刺激をもらっていました」なんていうお言葉も頂戴し、とても胸がいっぱいになる。「ありがとう」が職場や学校にあふれる季節である。出会いがあれば別れもある。そのときにちゃんとお礼がいえて、激励ができる・・・そんな節目はとても大切。仕事の環境はこういった節目に変わるのもよし。それで多くの出会いや学びがあるのだから。
さて今日から新年度のはじまりはじまり。新たに出会う人たちにきちんと向かい合い、誠実に愛情をもって接していきたい。そして一緒に成長できれば思う。新たな職場へ通勤の方、新入社員の皆さま どうぞ気をつけて、お元気にお出かけくださいね。
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by mahsa1203 | 2010-03-31 22:22 | words
「一流女」の朝の決め手は
ピカソと暮らし、別れ、自立した女性、フランソワーズ・ジロー。その女流画家の個展が銀座で行われ、昨日が最終日であった。友人よりすすめられ出かけたのであるが、ここを訪れるまで、彼女の存在は知らなかった。美術館に比すればコンパクトな空間。作品20点余りが上品に陳列され、その作品には余計な情報がなく、すべて「素っぴん」の女性を見せられているような印象を受けた。素であるのに、どんなに飾り立てたものよりも、本質の美しさをにじませている。
エントランスにあった作家本人のメッセージが最高である。「毎朝、キャンバスに向き合う前に、大切にしていること。それはエネルギーを寄せ集め、アイデアを瞬間的に光らせ、これから自分が生み出そうとしている形や色彩への感情を確信に近いレベルまで高めること・・・」とある。こんな名言はあまりお目にかかったことがない。確かにジロー氏の作品には光というエネルギーに満ちた明るい色彩が特長であり、しかも瞬間的にはじけたであろう線や面が描かれているのである。描写的な作品とはまるで違う。そして、やはり愛した男ピカソの作品に共通のタッチなのである。愛はその表現方法まで変えてしまうのか。作品全体から生命の活動のはじまりである朝に、やさしさときらめきを胸いっぱいに抱かせてもらった・・・そんな満足感を得た。一流の女性は朝の瞬間から違うのだ。春は素敵な一流を目指す四季の朝である。
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by mahsa1203 | 2010-03-31 05:18 | words
そば屋で3時間半「談食」
たった二人で会っているのに、どちらもがよくしゃべり、よく聞き、よく突っ込み、笑い、時々唸る。いい相手との会食は、あっという間に時間が経過する。近くのそば屋で会い、少々のアルコールとおつまみ、締めに蕎麦をいただきながらの大好き時間。そば屋は立ち食いもしくは黙って食べてさっと帰る・・といったファストフード的な業態でもあるが、なぜか健康的なそば屋の雰囲気がとても心地よく、気の会う仲間との「談食」には最適である。話題はツィッター活用最新状況の報告から海外報告、社員教育、講演会の相談までとにかく尽きない、沈黙がない。3~4品並ぶおつまみはそば屋のご馳走でありそれらを前におしゃべりは加速、そして最後に出てくる盛り蕎麦で宴はピークに。蕎麦屋で気をつけなければならないことは、早く食べないと乾燥してしまうということ。「ほら、そこ!しゃべっていないでさっさと食べな!」と蕎麦がいっているよう。それぐらい蕎麦屋での時間は知らぬ間に時がすすむ。この人と会うならば何を食べようか。相手との会話がより豊かになる、その時その人その気分にマッチする食事を選ぶのがよい。蕎麦屋で一杯、蕎麦屋で3時間半。あまりの愉快・快適さに気付けば店は看板の時間、残っているのはこのお喋りチームだけであった。寒い春の夜にあたたかい時間を過ごせたこと、お会いできた松田優作そっくりさんに感謝し、また今日から走る!
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by mahsa1203 | 2010-03-30 06:14 | words
ライブで出会いづくり
一頃はライブ空間がもてはやされ、演者と観客が近距離で一体になる臨場感が喜ばれたが、最近では大型のコンサートの方が人気のようである。前者では縁者の汗や息づかいまでもが伝わる臨場感があり演者からも客の顔が見える。後者では観客動員数も多く、大ステージで演じ舞う演者を盛り立てるための演出が豪華であり、その面からも人々にインパクトある感動を与え、その結果観客は熱狂する。キャーキャーと絶叫する観客は大空間のなかで、自分の存在を演者にアピールしたいからなのかもしれないが、その声が誰の声であるかを演者に認識させることはできない。ただ絶叫できる空間というのは人々にとってハレの空間であり、ストレス解消にも効果があると思われる。私の場合は重厚なオーケストラを聴きたい場合、時々コンサートホールに出向く。大きな空間で残響も含め全身でそのハーモニーを聴き込むのがよい。一方、特定の楽器やその演者に興味がある場合は、ライブに出向く。そして演奏終了後、この人!と思う人であれば演者に近づき、ご挨拶し、感想とお礼を述べ、名刺をお渡しする。すると相手も名刺をくださる。昨日まで知らなかったミュージシャンや講師と瞬時に知り合いになることができるのが、ライブの最大の魅力である。先日来、新たなご縁探しでライブハウス巡りを少々はじめている。WEB情報や本、CDだけではわからない実体が会場に行き、本人に会えばわかる。何事も本人に会いに行くという行動が大切。
演じている人を見れば、その人の技術・表現だけでなく、人柄や仕事にかける情熱も見えてくる。
先週知り合った素敵なバイオリニストに近日再会できる。演奏以外の素顔でコミュニケーションしていただけることはとてもうれしい。ライブは新たな接点づくりにもありがたい空間である。
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by mahsa1203 | 2010-03-29 05:26 | words
サクラは日本人のアイデンティティ
都内ではまだ満開ではないが、すでにこの週末、桜の名所には人がぞくぞくと集まっている。たとえば靖国神社周辺から皇居にかけて。胸にバッジをつけたツアー客、外国人、老若男女・・・まさに花見は万人向けの行楽。それぞれカメラを持参し、咲いている桜の下で思い思いの記念撮影。「ああ、咲いているね。」「この桜は色がきれいだね。」「これはそうでもないね」など桜を話題に会話も進む。気のせいかもしれないが、この季節の北の丸公園では手をつなぐ、肩を抱く男女が普段よりも多いように見受けられる。春が来た喜びを一緒に体験できることで華やいだ幸せな気持ちになれるのだろう。来週あたりは満開となり、花見のための座席確保をするのが新入社員の初仕事になったりするのだろうか。ある人は桜の花は世界各地で咲くけれど、「お花見文化」は日本特有のものであるといっていた。確かにそうだ。桜の花の下での宴会というのは、四季の変化を愛でる日本人ならではの素晴らしい慣わしである。いつか江戸時代の花見の絵を見たことがあった。この桜こそが再び日本人に誇りと自信をもたせてくれる。日本に生まれてよかったと思える瞬間である。素敵な春の到来だ。春よ永遠に。(写真は今年一番気に入っている古都の桜)
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by mahsa1203 | 2010-03-28 06:59 | words
会う人の「質」と「数」、語り過ごす時間の重さ
たとえば月曜から金曜、週5回。昼も夜もビジネスそのほかで人と会食をする・・としたら、1ヶ月=4週間として、最大毎月40人(組)とその時間をもつことができる。現実には昼も夜も外食・会食の生活はかなりハードなため、1日1食を会食と決めても1ヶ月で20人(組)が最大か。(これも実際にはかなりパワーが要る)それを1年続けると240人(組)との交流。新たな人との時間、慣れ親しんでいる仲間との時間、本当に大切な人との時間。組み合わせはいろいろあるが、食事はコミュニケーションを深める最高のツール。その時間に年間240人(組)も会える、もしくは240人しか会えない。新たな出会いを増やそうとすれば、この240の予約席をすべて違う人にとアレンジする。または深い関係を作ろうとすれば毎日同じ人とテーブルを囲むのもひとつ。もちろん家族との食事時間も含まれる。いずれにせよ、食事をともにする相手は大切に選びたいと思う今日この頃。限られた人生時間のなかの限られた食事回数。1回たりとも無駄な時間にしたくはない。仕事抜きで「毎月会いましょう」といってくださる方も時にはある。とてもありがたいことであるが、相手をよく選び(選ばれ)会うことが当たり前にならず、常に互いに新鮮で刺激的で勉強になる時間、また会いたいと思える関係の構築・継続ができ、そして明日への糧になる人との時間を優先することがとても重要である。年を重ねると時間がもったいないと思えてくる。だからわずか1回の食事でも、されど・・の感覚をもって過ごし方を選び取ることが必要。
最近は、なんとなく気になる方に「せめて月に1回はわくわくするような時間を作ってはどうですか?」とすすめる。すると顔色が変わる。その一番実現可能な「わくわく」が気の合う人との食事時間である。昨日は昼・夜ともに大変美味しい時間をいただき、改めてこんなことを考え直してみる機会を得た。
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by mahsa1203 | 2010-03-27 08:31 | words
smileを忘れないで!
先日ブエノスアイレスで知り合ったヴェネズエラの友。お互いの国での日常生活が始まった後も週に何度かのメール交換をする。次いつ会えるかもわからないため、お互いを忘れないためにメールは大切な二人を結ぶコミュニケーションツールである。とはいえ、知り合った時間も短く、しかもお互いの母国語ではない言葉同士のやりとりとなると、なかなかパワーがいる。先日は向こうは遂に翻訳ソフトを使い、やたら巧みな英語でメールしてきた。なんかいつも違う他人が書いたような文章だと思ったら案の定。プライベートレターは辞書こそ引いても、翻訳ソフトで一発変換では、ちょっと味気ない。その気持ちを察しては最近では自力で勝負。そんななか何度かとても素敵な同じ一文をもらった。「MASAKO,いつもSMILEを忘れないで!」このメッセージが朝届くと、太陽とともに勇気をもらったようなそんな気持ちになる。そのおかげで毎日これまで以上に笑顔を意識するようになった。中国人の挨拶では「飯くったか?」が合言葉だということを聞いたことがあるが、ラテンの国では「今日も笑顔かい?」ということになるのであろうか?なんだかとても、小気味よく幸せな1日になれる素敵な習慣である。
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by mahsa1203 | 2010-03-26 05:42 | words
「手」で伝えること
年度末である。多くの組織では人事異動。昨日新潟市に打ち合わせにお邪魔していると、本年度担当したセミナーの受講生(職員)の方がその部屋に突然現われ、「お世話になったのでお礼がいいたくて。4月から移動になり別の部署へ行きますのでご挨拶もしたくて」とのこと。どうやら私がこの日に市役所に来ているという情報を聞きつけ、離れている区役所からおいでいただいたとのこと。セミナー後、まさかこのタイミングで再会できるとは夢にも思っていなかったため、お会いできたこと、しかも偶然通りがかったのではなくわざわざ訪ねてくださったことに驚いた。そして白い封筒を渡された。「これを渡したくて・・・」挨拶のため会いにきてくださるだけでなく、お手紙まで・・・。想定外の贈り物に胸がいっぱいになる。お互い丁重に丁重にお礼を繰り返し、握手を交わし、お別れする。帰りの新幹線で待ちきれず開封する。中から出てきたのは、パソコンで丁寧にキレイに作られたサンクスレターであった。
私が特別何かをできたというわけでもないのに、セミナーの内容について、またこの出会いについて・・喜んでいただいている様子が伝わってきた。子育て期間を終えての職場復帰の不安な時期に役立ったのだそうだ・・・。自分のむき出しの姿勢や行動が、勇気をもつきっかけになれた・・ということがとてもうれしく、何度も手紙を読み返した。文末に愛する子どもさんたちの写真が貼ってあり、この子たちを育てながら、この愛らしい存在を励みにしながらがんばっておられるその生き方に頭が下がった。手渡しでいただいた1通のお手紙。長い文面ではなかったけれど、お礼をいいたい、気持ちを伝えたいという思いがカタチになり、こちらにずっしり伝わった。電子メールで用件を済ませることが多い毎日、「手」のかかったコミュニケーションは貴重であり、忘れられない思い出になる。年度末である。異動される方たちへ新天地でのご活躍を心よりお祈りしたい。心より感謝を込めて・・・。
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by mahsa1203 | 2010-03-25 01:39 | words
チャンスは足元にあり。
昔から知ってはいたのに、もっと早く気付いても良かったはずなのに、今日改めてお互いの違う一面を知り、そこから何かが生まれた。そんなことはないだろうか?よく知っているはずの相手なのに、まさかこれまでビジネスパートナーになれるとも思っていなかった。視点を変えると、そうかこんなこともできる相手だったんだ~とお互いに驚くこともある。何か新しいことをしようと唸ってみてもそうカンタンにひらめきは生まれてこないが、自分の周りのさまざまなコネクションを違う一面から見つめなおしてみると、意外や意外、ビジネスヒントが無数に広がったりするものだ。チャンスは常にまったく新しい世界から飛び込んでくるとは限らない。生活の中でお世話になっている商品の会社を今一度、仕事目線で見直してみるだけでもいろんな知恵が浮かんでくる。だからこそ遊びながら仕事する、仕事しながらわくわくすることがおすすめ。そうチャンスは足元にもいっぱいある。いつも前を見すぎていては見えないこともある。
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by mahsa1203 | 2010-03-24 04:33 | words
「意味があること」を問う
とあるテレビのインタビュー。それは住民で創り上げたミュージカル上演後の感想を出演者に聞いたもの。「皆で一緒にこういうことをするというのはとても『意味があること』だと思う」20代前半に見える若い女性が涙目で応えていた。「意味があること」・・とてもこの一言が印象に残る。日常のなかで意味があることとは何だろう。それにより何かを得た、感動をした、自分が成長した、成果があった・・そのようなときに人は「意味があること」をしたと思い、そうでないことに意味がないと思うのか?なんとなく生きていれば意味のないことに時間を費やしていることも少なくないのかもしれない。してもしなくても一緒、つまらない、別に何も感じない、何も学ぶことがない、時間が損した・・・と思うことは意味がないことなのである。辞書には「意味があること・・・物事が他との連関によってもつ価値や重要性」とある。もっといえば意味ある生き方とは「生きることに対し『意して味わう』こと」とも解釈できる。つまり物事の意味を問いたければ、つねに意識的であり意欲的でなければならないのだ。日本の若者が、「それは意味があること」という言葉を発したことがうれしく、彼らはそんな生き方を求めているということもいえる。どうせ同じ時間を生きるならば誰もが意味がある人生にしたい。だから、まずは今日1日が「意味ある時間」であるように過ごしたい。
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by mahsa1203 | 2010-03-23 05:56 | words


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