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接客業で一番大切なことは、実は帰り際のお見送りではないかと思う。久しぶりに出かけた店で食事をとり、なじみのスタッフと話をし、「じゃ、またね、元気でね」と挨拶して、店を出る。「ありがとうございました」そのスタッフはそういい、店の前に立ち、頭を下げた。店を出て、振り返るとまだお辞儀をしている。「もういいよ、忙しいんだから」といっても、まだお辞儀をして送ってくれている。早く見えなくならなくちゃと思い、急いで曲がる。レストランだけでなく、他のお店でも時々そのように送ってくれるスタッフがいる店がある。忙しいなか、外に出てきちんとお見送りができる人、また買い物であれば、外まで荷物をもってくれる人・・・接客の締めはやっぱりお見送りである。おかげで、とても気持ちよく、また会いにいかねば。と思うのである。接客はテクニックではない、心を込めているか。相手を思っているか。そのことが行動や表情ににじみ出るのである。それにしてもいい接客を受けて、幸せなひとときが過ごせ、それだけで1日が幸せになるものだ!私も大切な人を見送るときは、見えなくなるまで見送ることを心がけたい。
前のブログで、「気付き」について書いたが、日々の仕事の場面でも、改めて考えると「仕事は気付き」「気付きがすべてである」ということを実感する。人と話しているとき、いろんなことが気になる。気付く。「こうすればいい」「ああするとよいのでは」「ここを直したらもっといいかな」「この人とこうなったらこうなるかな」とまあ、いろんなことが次から次へと浮んでくる、涌いてくる。それがアイデアであったり、アドバイスであったり・・になるのであるが、何を聞いても見ても気付きがないと、この仕事はできない。いや、どの職業でも「気付き」がなければ成長、進歩はないであろう。決まったこと、いわれたことしかできないというのは、この目まぐるしい変化の時代には存在が危ぶまれる。気付くには、気遣い、気配り、気持ち、気合、気力・・いろんな気のパワーが働いていなければならない。そして気付くには、こうなったらこうなる。という想像力も不可欠である。
とある調査によると、なんでも日本は安全性では世界一の国だそう。確かに世界を巡る駐在員の知り合いもそう言っていたし、私自身も海外に出ると、安全という意味で日本はラクな国とちょっと前までは思っていた。最近は実はそうは思わないが・・。また、教育という面では世界二位だそうだ。ほんとかな。大学生が勉強もしないということを騒いでいるのに何が世界第二位だと思ったりしている。・・・・と、そんなことよりも、幸福感については世界で21位だそうだ。なんで?と実は思っている。こんなに豊かな国は他にないよ。海外に出たことがある人ならば、日本は恵まれている国だとわかっているはずだ。昨年だったか、ブータンの国王夫妻が来て、ブータンは幸せな国だと、日本人がうらやましがって、ツアー客も増えたといっていたが、日本人にとっての幸せはそこに行ったからみつかる・・というものではないと思っている。日本は豊かすぎ、情報が多すぎ、モノが多すぎ、次から次へと新しいものがどんどん出てくる・・・・とのことに国民が麻痺している。またモノが多い、情報が多いということに決して幸せを感じているというわけではないということも今回の調査でわかったりもするが。いずれにせよ、日本人は恵まれた国民である。そのことをもっと知ろう、もっと気付こう。そうしたら、「私は幸せです」と皆、笑顔で応えられるはずだ。と思う。ちなみに私は、毎日幸せだ。いろんな出会い、いろんな気付き、いろんな感謝のなかで、ぐるぐる生きていられるから。幸せはやってくるのではなく、自らが気付くこと。何も感じなくなることが一番の不幸だと、今回の調査結果を見て思っている。
相撲は大人になってから好きになった。あの凝縮された緊張感に魅力を感じ、また本当に強い力士は、その試合のみならず、生き様を想像し、勝手に憧れてしまう。モンゴルからやってきた青年たちは、強い力士となってどんどん日本の相撲界の歴史を打ち破っていく。日本人としては、悔しいが日本の国技がグローバルに支持されていることに誇りももてる。現横綱も大好きで、なんときりっとした、いさぎよい、また深みのある、努力の人だと尊敬している。このたび、その先輩である37歳のモンゴル出身の力士が悲願の初優勝を遂げた。
インタビューでは思わず一緒に泣いた。「20年間、相撲を続けてきてよかったです」道とは、続けなければそこで終わり。続けるから道が開ける。ちゃんとやってきた人の言葉は重い。相撲は地道なスポーツだけに、ぽつりと語る力士の言葉はより一層、心にじんとくる。
なんでもこの金環日食というのが、何箇所かで長時間に見られるようなことは平安時代以来だという。平安時代にはどのようにしてこのことが予告され、また記録したのであろう。専用メガネもなかっただろうし、明後日だよ、明日だよと騒いでくれるメディアもない世の中だったはずなのに。と、余計なことを思いながらも千年ぶりだと聞くと神秘的でまさに自分も宇宙のなかにいることを自覚し、周囲にならいて、ちょっとどきどきしながら空のリングを見せてもらった。そして、同じ時間、いつもなら時間に追われるように急ぎ早に歩いていく人たちが、どうかな?どうかな?と立ち止まりながら、また何かをかざしながら上を見あげたり、空が大きく見える近所の駐車場に上を見上げる人の小群ができていたり・・と、その様子がとても興味深かった。そしてある人からは「こちらでは金環は見えませんでしたが、部分日食を見ることができて今日はとてもラッキーでした」と朝の挨拶メールをいただいた。うれしいきっかけがなければ、空を朝から見上げる機会はまあないはずだ。だからたまに見上げた空はきっと大きかった。まぶしくて神秘的であった。・・と、月曜の朝が快適にスタートできたいい記念日。しかし、あの専用グラスは・・・明日以降どうなるの?次の来る神秘の日までタンスの引き出しにしまっておきますか?
これをきっかけに町おこしが進む南の島もあるという。みんな、やっぱりいつでも自然とともに、宇宙とともにあるんだな。これをきっかけに、下を向いて歩かないで、上を向いて元気にいきたいもの。
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